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自分と向き合うのがしんどいのは、自分だけで向き合おうとするからです『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』

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目次

違和感を覚えたあるYouTubeの広告

「好きなことで、生きていく」

この言葉をどこかで聞いたことはあるでしょうか?

この言葉は以前、YouTubeの広告の言葉として使われました。

あなたはこの言葉を聞いてどう思いましたか?

「好きなことだけで生きていくなんて無理だ」

「そんなの一部の天才にしか出来ない」

「成功した人間だから、そんなことが言えるんだ」

その様な思いが生まれてきたのではないでしょうか。

実は、私もこの広告を見たときにそう思いました。

「「好きなことで生きていく」なんて馬鹿馬鹿しい、みんな我慢して必死になって働いているのに何を言っているのだろう」と。

だから、そう思うあなたの気持ちもとてもよくわかります。

ただ、それは本心なのでしょうか?

心のどこかでは、「そんな生き方をしていて羨ましい」と思う気持ちも少なからずあるはずです。

そう思うのは、あなたが「本当にやりたいこと」があるからです。

それが出来る、出来ないなどの現実的な問題は一旦置いておいて、そんな風に思っているあなた自身の本心に向き合ってみることが、悩みを人に話せるようになるきっかけになるかもしれません。

今回ご紹介する『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』は、自分自身の本心と正しく向き合わせてくれる、傾聴についてわかりやすく解説している本です。

いつも本サイトを訪れて記事を読んでいただき、ありがとうございます。

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カウンセリングの神様

本書の著者の名越裕史さんは公認心理士です。

「やりたいこと探し専門の心理カウンセラー」という一風変わった肩書で、今も活動されています。

本書の『はじめに カウンセリングの神様と、その弟子の弟子が照らす希望』から、そんな著者の経歴に関して次の通り説明しています。

本書は、あなたの傾聴する心を育て、人生を豊かにする本です。

ごめんなさい、すぐに使える傾聴のテクは紹介していません。

傾聴は人としての在り方だと、僕は考えているからです。

「オウム返しで相槌を打つといい」と聞いたのに、どうもうまくいかない。

講座や本で学んだことを実践してみたら、不自然な会話になった。

部下の本音を知りたいけど、建前で話されている気がする。

「質問せずに聞くだけ」と意識しすぎて、変な沈黙ばかりになる。

そんな方には、ぜひ本書をご一読いただきたいと思います。

はじめまして。

公認心理士の中越裕史です。

僕は日本で初めての、「やりたいこと探し専門の心理カウンセラー」という、ちょっと不思議な看板で活動してきたカウンセラーです。

これまでの約20年間で、1万件を超える相談を受けてきました。

本来は、やりたいことがわからない人向けのカウンセリングを行っていたのですが、中には「カウンセラーになるにはどうしたらいいですか?」という相談に来る方もいらっしゃいました。

そういう方のため、今は中越カウンセリング講座を運営し、カウンセリングを教えています。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

「傾聴」とは、カウンセリングの技法の一つです。

端的に言うと「相手の立場に立って、相手の話を親身に聞く」ことなのですが、それだけを意識しても上記の引用の通りうまくいきません。

そして本書はタイトル通り、傾聴について書かれた本なのですが、傾聴を理解するにはまずカウンセリングの歴史を理解すると頭に入りやすくなります。

そこでカウンセリングがどのような歴史を辿ってきたのか、以下の通り文章は続きます。

「カウンセラーになりたい」という方々に、僕はまず神様の話をします。

突然ですが、皆さんは神様っていると思いますか?

無宗教の人が多い日本で、こんな質問をしたらギョッとされるかもしれません。

でも、もし僕たち心理カウンセラーに「カウンセリングの神様を知ってる?」と質問したなら、ほぼ100%の確率で「そりゃ知ってるよ。カール・ロジャーズでしょ」と返ってくるでしょう。

むしろ、カウンセリング業界にいる人で「カウンセリングの神様」と呼ばれるロジャーズを知らない人を探す方が難しいはずです。

なぜなら、ロジャーズは今や社会で多くの人が身につけたいと考えている傾聴を、世界で初めてカウンセリングの場で実践した人だからです。

皆さんの傾聴する心を育てるための第一歩として、まずはカウンセリングの神様カール・ロジャーズ、1902年から1987年のお話をしたいと思います。

もしカウンセリングの歴史を2つに分けるなら、ロジャーズ以前とロジャーズ以降になるはずです。

それぐらい心理学の歴史で、ロジャーズの影響力が大きいと言えます。

ロジャーズ以前の時代は、心のケアを行えるのが専門職の人だけでした。

心理療法、サイコセラピーと呼ばれ、医師か心理学者にしかできないと考えられていたのです。

心のケアは閉ざされたもので、権威や資格を持つ人だけに許された行為でした。

客観的、分析的で患者にとって冷たい印象を与えるものだったのです。

そんな心のケアを一般の人にも広め、カウンセリングという名を最初に使って定着させたのがロジャーズです。

だからこそ、ロジャーズはカウンセリングの神様と呼ばれています。

カウンセリングの基本が傾聴です。

本書を読む皆さんなら、傾聴という言葉を耳にしたことがあるでしょう。

相手の話を深く丁寧に聞いていくことによって、より良い人間関係を作り、話し相手が自然と問題解決に導かれていく。

ロジャーズが傾聴の考え方を広めたことで、心のケアは優しく、温かいものというイメージを世界中の人々が持つようになりました。

ロジャーズが作り上げた傾聴は、カウンセリングの場を飛び出して、今や医療、福祉、教育、企業、家庭、社会問題と、僕たちの社会の隅々まで広がっています。

最近ではパワハラ、モラハラは許されない問題だと、一般に認識されるようになりましたが、それもロジャーズの思想の影響が背景にあります。

ロジャーズは、医者と患者、上司と部下、先生と生徒、夫と妻、親と子供も、皆対等で、安心・安全な人間関係がある方がうまくいくことを心理学的に研究し、世界に広めたのです。

また、ロジャーズは世界で初めて自分のカウンセリングを録音し、公表した人でもあります。

それまでの心のケアは閉ざされた世界で行われ、他の人がどのように相談者と話をしているのか、知ることができなかったのです。

ロジャーズが録音を公開したことで、生のカウンセリングのデータが蓄積され、カウンセリングは一気に心理学として深みを増していきました。

今の僕たちにとって、当たり前になっている様々な考え方を作り上げ、さらにそれを力強い行動力で広めていった人物、それがロジャーズです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

カウンセリングの歴史を紐解くと、必ず現れるのがカール・ロジャーズです。

カウンセリングを世の中に広めた張本人なのですから、カウンセラーが「神様」と呼ぶのも納得出来ます。

そして上記の引用の通り、「傾聴」はカウンセリングの場だけで使われているわけではありません。

職場から家庭まで、今や社会の様々な場面で傾聴が使われています。

傾聴とは、それほど扱われる幅が広いのです。

しかし、これだけ世の中に浸透しているにも関わらず、「カール・ロジャーズ」という名前は世間ではあまりよく知られていません。

著者も本書でそのことを指摘しており、次の通り述べています。

悩んでいる人の心に寄り添い、その人の話に静かに耳を傾ける。

そうして深い関係性を築いていくことで、人の心は癒され、成長して、問題を乗り越えていく。

そんな世界一暖かく優しいカウンセリングを作り上げたロジャーズは、「静かなる革命家」とも呼ばれています。

しかし、なぜか日本では、フロイトやユング、「嫌われる勇気」(ダイヤモンド社)で有名になったアドラーに比べて、「カウンセリングの神様」と呼ばれるロジャーズのことは一般の人には知られていません。

これはとても不思議なことです。

ロジャーズの考え方や傾聴がこれだけ日本でも一般の人に広がったのに、ロジャーズのことをまだまだ知らない人が多いことに、僕は歯がゆく、悔しい気持ちを覚えていました。

それに加えて最近、傾聴が簡単なコミュニケーションのテクニックのように扱われていることもあり、「ロジャーズの傾聴はそういうことじゃない」と言いたくなることがよくあります。

僕の恩師である心理学者の畠瀬直子先生は、若い頃にロジャーズの元に留学し、直接ロジャーズ流のカウンセリングを学んでおられました。

つまり、僕はロジャーズの弟子の弟子、孫弟子になるわけです。

傾聴は決して、会話をうまく進めるための単なる心理テクニックではありません。

傾聴は、「人間と人間がどうすればより深く、暖かい関係を築けるか」という人の関係性の在り方そのものを良くする営みなのです。

僕が本書を書くことにしたのは、傾聴をこの世界に生み出したロジャーズの生き方や考え方を伝えていくことは、傾聴について知りたい人、心のケアに携わりたいと思う人はもちろんのこと、人生の悩みを抱えている多くの人にとって力になるはずだからです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

傾聴とは、単に相手の話を聞くことではありません。

その背景を十分に理解しておかなければ扱いきれません。

「傾聴」はそれだけ奥が深い世界なのです。

もしかしたらここまでの文章を読まれて、「難しそう」と思われたかもしれません。

ですが、大丈夫です。

傾聴は受ける側である相談者の立場になって考えてみると、よりわかりやすく理解を深められます。

例えば、あなたが「本当はこうしたい」という思いと「でも、出来ない」という思いを、同時に持った経験はないでしょうか?

これは自分の中で思いと思いがぶつかっている状態です。

これをカール・ロジャーズは「自己の不一致」と呼んでいます。

「自己の不一致」についてカール・ロジャーズは、問題行動をする息子に悩む母親のカウンセリングの事例を挙げて、本書の第1章の『カウンセリングの神様「カール・ロジャーズ」の革命』から『「自己の不一致」が心の苦しみを生む』で次の通り説明しています。

なぜ人は自分の本心に向き合えないのか

先ほどの母親は、「もしかしたら自分と夫の関係がうまくいっていないことが子供に影響しているのかもしれない」という感覚を、ロジャーズのカウンセリングを受ける前から心のどこかに持っていたはずです。

そうでなければ、ロジャーズにそのことを話し始めることはなかったでしょう。

しかし自分達の夫婦関係の悪化が、子供に役影響を及ぼしている可能性について、誰にも相談出来なかった。

それは児童相談所の職員とロジャーズが作り上げた資料に、夫婦関係のことが一切載っていなかったことからも明らかです。

「自分たちの夫婦関係が、子供に悪影響を及ぼしているかもしれない」

そんな思いが心のどこかにあっても、

「心理の専門家である児童相談所の所長が言うことが正しいんだ」

「知識のない自分の考えなど話しても仕方がない」

そう思ってしまったのかもしれません。

しかし、心の奥底にはまだちゃんとした言葉にはなっていないものの、「もしかしたら自分達の 夫婦関係のせいかも」という気持ちがぼんやりと存在します。

「そこにちゃんと向き合えば、もしかしたら何か良い変化があるかもしれない」とモヤモヤと感じていたはずです。

つまり、母親の中で、「自分たちの夫婦関係が子供に悪影響を及ぼしているのかもしれない」、「それを認めたら何かが変わるかもしれない」という気持ちと、「いや、自分達が原因なんて、そんなことあるはずがない」という気持ちの両方があり、葛藤状態になっていたと考えられるのです。

こういう状態を、ロジャーズは後に「自己の不一致」と言いました。

母親の中にある2つの気持ちが一致せずに、バラバラになっている状態です。

そして、こういう自己の不一致に陥っていると、人間は自分が何を選択したらいいのかわからなくなり、それにより様々な悩みや問題が起きて心の病の原因になると考えたのです。

逆に、葛藤状態にある自己を一致させることが出来れば、人間の心は自然と治癒能力や成長能力を発揮します。

選ぶべき選択肢も見えてきて、多くの悩みや問題を乗り越えていくことが出来ます。

きっとこの母親も、ロジャーズの誠実な態度に触れ、「この人だったら、私が本当に感じていることを笑わずに聞いてくれるかもしれない」と思い、自分の中の真実に向き合っていくことが出来たのでしょう。

それにより、母親の中にある2つの気持ちが自己一致していき、自然治癒能力や成長能力が発揮出来るようになったのだと思います。

そして、夫婦問題を改善していった結果、子供の問題行動も自然に収束していったのです。

「自己一致」という言葉について、ロジャーズが「純粋性、自分が自分になる」という言葉も残しています。

自己一致とは言い換えれば、より純粋な自分自身になっていく、心の働きなのです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

あなたも「自己の不一致」と呼ばれる、自分の中にある2つ思いを抱えた経験があるのではないでしょうか。

その思いを気にしていればしているほど、葛藤も大きくなります。

例に挙げられた母親も、息子のことを心配していたからこそ、「その原因は実は自分にあるのではないか」という思いがあったにも関わらず、そのことを受け入れられずに苦しんでいました。

何か悩みを抱えている際に、実はその悩んでいる原因が、この自己の不一致がであることは珍しいことではありません。

なぜなら、「自己の不一致とは誰でも経験することだ」と、著者は本書で述べているからです。

そして著者自身も、「過去に自己の不一致で苦しんだことがある」と本書で語っており、同じ章の『僕自身も自己の不一致に思い悩んだ』からその時の体験について、以下の通り述べています。

自己の不一致は人間なら誰でも経験するもので、多くの人の悩みの根源となっています。

自己の不一致について理解を深めることは、傾聴にも役立つため、ここでは僕自身の自己の不一致の経験をお話ししたいと思います。

僕は大学生だった19歳の時、自分の本当にやりたいことだったカウンセラーの道を諦めました。

当時通っていた大学は心理学と関係がありませんでしたし、別の大学に入り直して路線変更するほどの勇気が持てなかったのです。

卒業が近づき就職活動を始めたのですが、ここで困ったことが起きました。

就職活動では、志望動機を伝えなくてはいけません。

僕は就職氷河期世代ですから、いい加減な志望動機では面接に受からないのです。

そこで僕は、自分が何をやりたいのかを考えなければいけなくなりました。

しかし、自分のやりたいことが全くわかりません。

そこからやりたいことがわからないのに、無理やり志望動機をひねり出しては、会社にエントリーして落ちるという日々を過ごしました。

今になって振り返ると、僕は自分自身の本心と向き合うのが怖かったのです。

「自分のやりたいことは?」と自問する度、「心理に関わる仕事、その中でも特に心理カウンセラーという仕事に就きたい」という思いが頭をよぎっていました。

しかし、そのことを認めたくありません。

なぜなら、それを認めることは自分自身の弱さに直面することになるからです。

「本当は今でも心理学に興味がある」

「出来ることならカウンセラーになりたい」

「でも、就職活動も始まっているのに、今更カウンセラーになりたいなんて遅すぎる」

「本当になるのなら、大学に入り直して心理学を学び、大学院にも行かなきゃいけない」

「そこまで苦労して臨床心理士になっても、食べていけるのはほんの一握りの人だけ」

「そんな無謀なチャレンジをするのは怖すぎる」

「今までの人生で何にも必死になれなかった自分が、そんな大変なチャレンジをしたところで成功出来るとはとても思えない」

そういう思いから、「カウンセラーになりたい」という本当の気持ちを自分の心の奥深くに封印して、意識に昇らないようにしていたのです。

正にこれが自己の不一致の状態です。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

自分自身の本心に向き合うということは、自分自身の弱さに直面することです。

だからこそ、人は自分の本心と向き合おうとすると思い悩み、葛藤します。

ただ、自分の弱さと向き合わないと、今度は自己の不一致が発生することになります。

自分の弱さから目を背けられても、自己の不一致からは逃れられません。

自分自身と向き合わずに、就職活動を続けた著者はその後どうなってしまったのでしょうか。

文章は以下の通り続きます。

「本当はカウンセラーになりたい」

「もし、夢見たカウンセラーになれたら、本当に嬉しい」

心の奥深くではそれをちゃんとわかっているのです。

しかし、その本心は言葉として表現出来る意識の上層にまで、上がってくることはありません。

それはなぜか。

もし本心を言葉にして意識してしまったら、やりたいことがわからない状態より、もっと辛い状況に追い込まれてしまうからです。

「本当はやりたいことがあるにも関わらず、失敗するのが怖いと逃げ回っている」

そんな弱い自分を認めなくてはなりません。

それは何よりも辛いことです。

そんなことをするくらいなら、やりたいことがわからないまま、就職活動がうまくいかない方がまだマシなのです。

会社を選ばなければ、就職するくらいは出来るでしょう。

そうなれば、自分の弱いところに向き合う必要はなく、心に痛みを感じる必要はありません。

後から振り返ればバカみたいな話ですが、短期的に見ればその方が得なのです。

人間の無意識は目の前にある苦痛から逃れることを優先しますから、短期的に逃げることを優先するのも当然のことです。

しかし、本心から目を背け続けていると、状況はどんどん悪くなっていきます。

僕の場合は志望動機がいい加減なことに加え、就職氷河期だったことから、まともな会社に就職出来ず、ブラック企業からブラック企業へと何度も転職を繰り返しました。

「このまま転職ばかりを繰り返していては、30歳になる頃には履歴書に書けなくなってしまう」

結局、年を重ねてからそんな状況に追い込まれて、自分の本心と向き合わざるを負えなくなったのです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

自分の弱さに向き合ったら、自分の弱さを認めなければなりません。

それはとても怖いことです。

「それならいっそのこと、自分の弱さから目を背け続けた方が楽だ」という著者の考えは、あなたもよくわかるのではないでしょうか。

しかし、そうやって自分の本心から逃げ続けた結果、著者は転職を何度も繰り返してしまい、結局自分自身の本心と向き合わざるを負えなくなってしまいました。

では、「自己の不一致がある」と自覚した場合、どうやって向き合えばいいのでしょうか。

同じ章の『自己の不一致にカウンセラーはどう向き合うか?』からその向き合い方について、次の通り説明しています。

自分自身の本心と向き合う上で大切なこと

これが僕の経験した自己の不一致です。

そして先ほどお伝えした通り、自己の不一致は誰でも経験することです。

例えば、仕事がうまくいっていないことを人や環境のせいにしてしまう。

家族と喧嘩して、自分が悪い時でも「ごめんなさい」と言えない。

高嶺の花の人を目で追いながら、気持ちにブレーキをかけている。

あなたにも心当たりがありませんか?

では、そういう状態の人に対して、カウンセラーはどのように向き合うのでしょうか。

そのアプローチ方法は、一般の方の傾聴にも参考になると思うのでご紹介しますね。

ロジャーズの教えを受け継ぐカウンセラー達は、次のような態度、雰囲気で相談者達に接します。

「安心してください」

「あなたがどのような荒唐無稽な話をしようとも、私は決してあなたの話を馬鹿にしたりしません」

「あなたがどのような価値観や考え方、過去を持っていたとしても、それを否定や批判は絶対にしません」

「むしろ、あなたの価値観や考え方を大事にして、それを尊重しながら、この問題にどのように 取り組んでいけばいいのか一緒に考えていきましょう」

と、僕たちカウンセラーは「相手の心をありのまま受容したい」と思って、相談者に接します。

それと同時に、「相談者がなぜそういうような価値観や考え方になったのか、根っこの部分から理解したい」と思っているのです。

この相談者にとって、どんな風に世の中の姿が見えていて、どんな風に世の中の声が聞こえていて、どんな風に世の中のメッセージが感じられているのか。

相談者の目が見ているように見て、相談者の耳が聞いているように聞いて、相談者の心が感じているように感じたい。

そういう態度で話を聞くのです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

自分が抱えている自己の不一致について相手に話そうとするのが怖かったり、恐ろしく感じるのは自然なことです。

だからこそ、カウンセラーは自分の弱さを見せても否定しないことを態度や雰囲気で相談者に接しています。

そういった相談者の繊細な思いもカウンセラー側はしっかりと理解した上で、相談者に接してくれます。

カウンセラーが相談者の話を聴く姿勢として、さらに詳しく以下の通り解説しています。

だって、相手の心の問題を解決するためには、まずは相手の心そのものを知る必要がありますから。

でも、自分に対して否定的、批判的な態度の人に、「自分の心の奥底をオープンに伝えたい」なんて思う相談者はまずいません。

相手に心を開いてもらうための受容的な態度のことを、専門的には「無条件の肯定的配慮」と言います。

「無条件にどんなことを言っても否定せずに、その気持ちを尊重しますよ」っていうことなんですね。

それは相談者の過去や価値観、考え方を理解し、心が体験した感覚を同じように感じなければ、相談者の抱えている問題を本当に理解することが出来ないからです。

そうした心構えに基づいて、相手を理解することを「共感的理解」と呼びます。

カウンセラーは相談者自身と同じ立場に立った共感的理解をした上で、カウンセラー自身の心がどのように感じたのか、嘘偽りのない誠実な言葉を伝えます。

「何も怖がったり、恥ずかしがったりする必要はありません」

「あなたがどのような人間でも、僕はあなたの味方です」

「だから、あなた自身が本当に感じていることを、あなたなりの言葉で表現してください」

「僕は絶対にそれを否定も批判もしませんから」

「でも、きっとご自身でもよくわからない気持ちがたくさんあって、すぐには言葉に出来ないこともあるでしょう」

「ご自身の気持ちを言葉に出来るまで、僕はゆっくり耳を傾けます」

「だから、少しずつ、少しずつ、あなたの心を教えてください」

カウンセラーのそういう態度が相談者に伝わったとき、相談者は少しずつ自分が本当に感じていることを言葉として表現していけるようになります。

そうして話している内に、自分でも気づいていなかった気持ちに気付きます。

自分自身が心の奥深に封印した、本当の思いに気づいていくのです。

自分の話に興味・関心を持ち、耳を傾けてくれる雰囲気。

今まで誰にも話したことがなかった出来事。

自分の頭の中ですら、言葉にしたことがなかった考え。

それらを話しても、微塵もそれを否定や批判する態度を感じさせない空間。

そんな空間だからこそ、相談者は安心して自分の心に向き合うことが出来るのです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

「こんなことを言ってしまったら、相手に引かれるんじゃないか」とか「笑われるんじゃないか」と思ってしまうようなことでも、カウンセラーは否定せずに受け止めてくれます。

そうやって「相手に伝えよう」として言葉にし続けていくと、次第に自分の心に向き合えるようになります。

自分の心に向き合おうとする際に、人の手を借りることは何も恥ずかしいことではありません。

ましてやカウンセラーはそれが仕事なのですから、むしろ「話せるだけ話して、自分の心に向き合おう」という思いでカウンセリングを受けた方がいいでしょう。

自分一人で自分の本心に向き合うのは、とても苦しいことです。

その理由について、同じ章の『人間は、自分で自分を責めてしまう生き物』から次の通り説明しています。

自分一人で、自分の本心とは向き合わない方がいい理由

「そんなこと、自分自身の頭の中でやればいいのでは?」

「自分一人で考えれば、誰も否定も批判もしないじゃないか」と思う人もいるかもしれません。

ところが、これは決して一人では出来ないことです。

なぜなら、人間は自分で自分を責めてしまう生き物だからです。

人間は幼い時からの経験で、様々な価値観や考え方が体に染み付いています。

自分の心が感じたことが、幼少期から体に染み付いていた価値観や考え方に反していた場合、人は自分で自分を責めることになります。

僕の場合も、「カウンセラーというやりたい仕事があるのに、チャレンジして失敗することが怖いから、ずっと逃げ続けている」といったように、無意識に自分自身を責める気持ちがありました。

「失敗するのが怖いから、逃げるなんて情けない」

少年漫画を読んで育った僕は、他の一般的な同年代の日本人と同じように、そういう価値観や考え方が体に染み付いてしまっていたのです。

だって、悟空も、ルフィも、ナルトも、そんなカッコ悪いことはしないのですから。

だから僕は、頭の中で自分を責める声ばかりが聞こえてしまい、いつまで経っても自分自身に向き合うことが出来なかったのです。

でも、そこでカウンセラーが、絶対に否定も批判もしない態度で話を聞いてくれたらどうでしょう。

失敗して挑戦するのが怖い。

そんな怖がりな自分を認めるのが辛いですよね。

怖いことから目を背ける生き方を続けているうちに、自分のやりたいことすらわからなくなってしまう。

それは情けないことではありません。

人間なら当然の感情です。

そんな風にカウンセラーが言葉や表情、声色で共感する雰囲気を醸し出しながら、話を聞いてくれたらほっと安心出来ます。

そして、「ここは自分の弱さを否定も批判もされない空間だ」と理解して、やっと心の安全を確認でき、自分の内面を深掘りすることが出来るのです。

そうすれば、自然と自分で自分の問題点に気づき、どう行動していけばいいのかも自分で答えを出すことが出来るようになります。

そのような雰囲気で人と接することは、決して安易な心理テクニックでは出来ません。

生きる姿勢そのものと言えるでしょう。

相手の心の世界がどのようなものであろうとも、否定や批判もせずに受け入れ、相手の心の世界に興味や関心を持って理解しようとする姿勢です。

相談者の価値観や考えを受け入れたからといって、カウンセラー自身の軸がなくなってしまうこともありません。

相談者の話を聞いている自分の心の動きを敏感に捉え、その瞬間、瞬間の自分の心の変化に正直に自己一致出来ているのです。

聞き手が自己一致出来ていることが、なぜ重要なのでしょうか。

カウンセリングの現場で、相談者はとても敏感です。

だって、自分の本心をさらけ出すのは、内臓を皮膚の外にむき出しにするのと同じくらい、怖いことです。

カウンセラーの言動にほんの少しでも嘘やまやかしが混じっていたら、しっかりとそれを感じ取ります。

表面的な言葉など、必死な気持ちの相談者からすればバレバレなのです。

だから、カウンセラーはカウンセリング中に自分自身の心に嘘偽りなく、自己一致している必要があります。

そしてカウンセラーが嘘偽りなく、受容・共感してくれるからこそ、相談者も自分の弱さを受け入れ、乗り越えていくことが出来るのです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

自分一人だけで、自分と向き合おうとするのはとても苦しいことです。

自分自身に向き合おうとすると、どうしても自分の弱さにも目を向けなければなりません。

自分の弱さに目を向けたら、まず真っ先に否定してくるのは自分自身です。

自分の弱いところが見てしまうと、人はつい「こんな自分はダメだ」などと自分自身にダメ出しをして否定してしまいます。

その否定こそが、自分の本心と向き合うのを拒み、本心から距離を離そうとします。

さらにそうやって自分自身を否定し続けていると、次第に「相手もそう思っているに違いない」という思いが生まれてくるものです。

それが自分の本心を相手に話したくても、うまく話せなくなる原因になります。

だから、自分の本心を相手に話そうとすると、得体の知れない恐怖心が襲ってきます。

上記の引用でも、「自分の本心をさらけ出すのは、内臓を皮膚の外にむき出しにするのと同じくらい、怖いことです」という例えをしていますが、これは決して誇張ではなく、それだけの恐ろしさが実際に話そうとする人には襲い掛かってきます。

その恐怖心を緩和させて、相談者が話せるようにしてくれるのがカウンセリングです。

そんなカウンセリングに対して著者は、『カウンセリングをうまく進めるための3条件』から次の通りカウンセリングを表現しています。

植物も愛も育むには時間が掛かる

このような態度で人と関わることは、高度に成熟した大人の精神だからこそ可能になります。

ロジャーズの教え子であるデイブ・メアンズは、それを深い関係性、「リレイショナル・デプス」と呼び、「そういう深い関係性こそが人を癒やし、成長させる」と述べました。

カウンセリングの技法は無数にありますが、この深い関係性なくしてはどのような技法を使ってもうまくいきません。

そういう深い関係性が、カウンセラーと相談者の間に築かれている様子をロジャーズが研究した結果、カウンセラーの態度に常に需要、共感、自己一致が見られることが分かりました。

この3つはカウンセラーなら誰もが知っている、ロジャーズが提唱したカウンセリングをうまく進めるための3条件です。

カウンセリングはよく植物を育てることに例えられます。

植物を元気に育てるためには、良い土ときれいな水、たっぷりの太陽が必要です。

逆にそれらの3つがあれば、放っておいても植物は元気に根を伸ばし、枝を広げていきます。

植物にとっての良い土ときれいな水、たっぷりの太陽が、人間の心でいう需要、共感、自己一致に当たるのです。

それらによるしっかりとした愛情のある深い人間関係を与えてもらえれば、相談者の心が自らの治癒能力と成長能力を発揮して、大抵の問題は乗り越えていけるように出来ているのです。

しかし、この需要、共感、自己一致は決して足し算できるようなものではありません。

それは相談者と関わるときのカウンセラーの態度、研究のために、3つに分けたにすぎません。

本来それらは一つのもので、混ざり合い、溶け合って、決してバラバラに語ることが出来ないものです。

その姿をもっとわかりやすい言葉で表現するなら、それこそが愛というものなのかもしれません。

一対一で相対した相手の価値観や考えを受け入れ、相手の心の世界をなるべく正確に受け入れて体感しようとしながら、それでいて自分の心にも正直で、安易なアドバイスに走ることなく問題について一緒に考える。

相手のどの様な言葉も否定も批判もせず、相手の気持ちを理解しようと努め、その上で本当に必要な言葉を投げかける。

そういう態度を一般的な言葉で表したとき、愛でなければなんでしょう。

もちろん、恋愛や親子愛とは異なる、 一人の人間と一人の人間の間で最大限良い関係を築けている瞬間を表す、人間愛としての愛です。

若い頃の僕は、カウンセリングの世界に「愛」という曖昧な表現を持ち込んでよいのだろうかと迷っていました。

そんな時に、僕の先生である畠瀬直子先生の「カウンセリングと出会い」(創元社)を読みました。

そこには、「カウンセリングには、古来から人類が求めてきた愛と呼べるような相手への深い受容が含まれている」と書いてありました。

流石は僕の先生。

随分と前に、僕が通った道をすでに通っておられたようです。

カウンセリングの本質が愛であることを理解してもらえれば、ロジャーズ流のカウンセリングが決して安易な心理テクニックではないことがわかるはずです。

何しろ、本物の愛にテクニックなど存在するわけがないのですから。

ロジャーズ流のカウンセリングが「あらゆるカウンセリングの基礎」と呼ばれるのも、「カウンセリングは傾聴に始まり、傾聴に終わる」と言われるのも、それが究極の人間関係の形である愛そのものだからなのです。

(『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』より引用)

著者はカウンセリングを愛だと表現しました。

愛と聞くと、真っ先に思い浮かべやすいのが恋愛ですが、親しい異性間に限らず、親子にも、兄弟にも、友人にも、人との関わりの数だけ愛は存在します。

そんな数ある愛の中でも、カウンセリングは人と人との間で生まれる人間愛だと著者は定義しました。

そして「カウンセリングは植物に例えられます」という言葉通り、植物を育てるのも愛を育むのも時間が掛かります。

それらはすぐには育ちません。

「愛」と聞くと恋愛のイメージが強いからか、出会っていきなり恋に落ちて、愛を育むことを期待しがちです。

これは植物を育てようとして、庭に種を埋めたからといって、その翌日に芽が出て来ることがありえないのと同じです。

植物も愛も、本来は時間を掛けてじっくりと育てていくものです。

そしてそれは自分自身と向き合うのも一緒です。

「自分が思い悩んでいる状態を早く何とかしたい」と焦る気持ちもよくわかりますが、まずは一旦落ち着いてください。

落ち着いて時間を掛けて育む方が、結果的に早く解決に繋がります。

ここまで、本書の第1章の内容について簡潔にお伝えしてきました。

本書では次章以降から、傾聴の実例を挙げて傾聴が実際にどの様に行われているかを説明したり、著者自身が行っている傾聴についてより詳しい解説を行っています。

あなたが「しんどい」と思わず自分と向き合えるように、本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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