会話の苦手意識を克服する方法
あなたは人との会話に苦手意識を感じるでしょうか。
会話を苦手だと感じる人は多いでしょう。
会話が苦手だと思っている人の大半の理由は、話している相手の反応を気にし過ぎて、疲れてしまうからです。
「相手がつまらないと感じていたらどうしよう」とか、「相手が不快に感じていないかな」など会話の内容よりも相手の反応が気になってしまい、気疲れしてしんどいと感じてしまうんですよね。
私も人見知りで口下手なので、その気持ちはとてもよくわかります。
ある日、私は「そんな自分を変えたい」と思い、YouTubeチャンネルで話し方の動画を見たり、話し方の書籍を読むようになりました。
話し方を勉強していく内に、話し方でつまづいてしまうポイントをわかりやすく巧みに言語化し、私が話し方で悩んでいるところをパズルのピースの様にうまく当てはまるような表現をしたある一冊の書籍に出会いました。
その書籍こそ、今回ご紹介する『心の通った会話がチームを強くする 心理的安全性を生み出す伝え方』です。
いつも本サイトを訪れて記事を読んでいただき、ありがとうございます。
こちらの書籍はAudibleでもご利用頂けます。
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著者の小野みかさんは、一般社団法人日本心理的安全教育機構PSEO代表を務めています。
所属されている団体の活動は主にチームや組織内の人間関係を円滑にする為の研修や講演を行っています。
チームや組織内の人間関係を円滑にする為に必要なのが、本書のタイトルにも書かれている心理的安全性です。
心理的安全性とは一体何なのでしょうか。
心理的安全性について、次の通り説明しています。
本書でお伝えする心理的安全性とは、会社においては上司や同僚、部下。
家庭内では、両親、夫婦、親子、友人、先輩、後輩。
共通のテーマで活動する団体やコミュニティのメンバーなど、相手が誰であっても相手がどんな反応を示すか心配したり、恥ずかしいと感じたりすることなく、自分の心の内をオープンに伝えられるような心が安心出来る状態のことを言います。
そう、安心感ですね。
私達は誰しも誰かとコミュニケーションを取る時、相手が気分を害さないように、その場の空気を乱さないようにと、つい相手の顔色を伺ってしまうことがあります。
「心で思っていることを相手に率直に伝えることが出来たらいいな」と思っている人は、きっと多いでしょう。
頭ではわかっていても、その場になるとやっぱり躊躇してしまうものです。
なぜなら、率直に伝えることで相手の機嫌を損ねてしまうかもしれず、場の雰囲気や人間関係が悪くなってしまうことを恐れるからです。
でも、心で思っている事と違うことを口にしている為、自分自身の発言や人間関係が満たされません。
いつも無理をしたり、我慢をしたりしながら、人や出来事と向き合っている状態になってしまいます。
(『心の通った会話がチームを強くする 心理的安全性を生み出す伝え方』より引用)
人見知りだったり口下手な人でも、気心の知れた人であれば話しやすさは全く違うでしょう。
人と会話する時に安心感を感じていれば、話すのが苦手な人達でも割と饒舌になります。
逆に明るい性格の人でも、話し相手の顔色を伺ってばかりだと口数が減ってしまうのは想像しやすいはずです。
以上のことから、人とのコミュニケーションには自分自身の性格はあまり関係なく、安心感によって左右されることがわかります。
それなら、この安心感を自分と話し相手で互いに理解し合い意識し合えば、関係を円滑に出来るという考え方が心理的安全性です。
ここで重要なのが、安心感は自分だけが感じればいいのではなく、話している相手にも感じてもらうことが大事だと本書では述べられています。
自分だけではなく、相手にも心理的安全性を持って貰うためのポイントとして以下の通り解説しています。
心理的安全性を学ぶ上で最初にお伝えしたいことは、心には扉があるということです。
皆さんの胸のあたりに扉があるとイメージしてみてください。
家の中には大切なものはたくさんあります。
だから、見知らぬ人や変な人は中に入れたくありませんよね。
多くの人にとって家の中はプライベートな空間で、一番リラックス出来る場所であるはずです。
裸で歩き回ることだって出来るほど、他人には見せない素でいられる場所です。
私達の心もその様な空間だと思ってください。
皆さん、家の玄関には鍵をかけていますよね?
インターホンが押された時、どんな人であれば躊躇することなく鍵を開けて扉を開きますか?
家族や一緒に住んでいる人はもちろん、友人や予め来訪することがわかっている人ではないでしょうか。
躊躇することなく扉を開けられるのは、知っている人という安心感があるからです。
私達は相手に対して、安心感や信頼感を抱いており、相手が誰なのかどういう人なのかなど情報を持っていれば、特に警戒することなく自分の家の玄関の扉を開けるものです。
心も家と同じです。
用心の為に、心にも鍵がかかっていることが多いです。
でも、心を通わせたい、伝えたいことがある相手と考えや思いを交し合う為には、お互いの扉が開いている必要があります。
心の扉は無理やり外からこじ開けられるものではなく、扉の持ち主が開錠して扉を開くまで中に入ることが出来ません。
外から無理やり入ったら、不法侵入です。
相手の扉がまだ開いていないのに、閉まっている扉に言葉を投げつけたり、無理やり開けようとしてどんどんと叩いたりすればますます警戒心が高まって、例え開こうとした扉であっても固く閉じられてしまいます。
私達は全員が心の扉を持っていて、その扉を開けてもらうことから始まるということを理解しましょう。
(『心の通った会話がチームを強くする 心理的安全性を生み出す伝え方』より引用)
あなたにも私にも心の扉は存在します。
そしてその心の扉は安心感という鍵があれば、相手の意思によって開錠することが出来ます。
上記では心を家に例えて解説していますが、あなたの心の扉はどんな形をしているか想像出来るでしょうか。
現実の扉には様々な形状のものがあります。
ドアノブを回しただけでドアが開くものもあれば、オートロックに加えてダイヤル式、それに鍵が必要で強固な施錠がされているものまで多種多様です。
中に入っている物が人に知られたくなければないほど、セキュリティが高くなるのは心も同じです。
ただ、現実の扉も心の扉もセキュリティを高く設定しすぎると誰も入れなくなってしまいます。
相手とわかり合いたいと思っているのに、相手は鍵を一個使えば心のドアが開くのに対して、こちらは複数の鍵が必要であればわかり合えない原因になっているのはこちらにあります。
心の扉に鍵が必要なのは誰でも同じです。
しかし、鍵穴の数は人によって違います。
まずは自分の心の扉には鍵が何個あるか、どんな形状をしているかなど、自分自身の心の扉の状態を把握すると相手の心の扉も理解が出来るようになります。
しかし相手が心の扉を開錠しても、それだけでは不十分です。
相手が自らの意志で心の扉を開けてもらう必要があります。
相手に扉を開けてもらうポイントは4つです。
その4つとは、見た目、反応、承認、具体的な言葉のかけ方です。
どれも重要なポイントなのですが、特に承認が誤解されがちで、正しく理解すると印象が変わります。
本書が定義する承認とはどの様なことを指すのか、次の通り見解を示しています。
褒めると承認は違う
開いたと思っていても、ちょっとしたことで閉まってしまうのが心の扉です。
しっかりと開けてもらうための三つ目のポイントは承認です。
多くの方が承認イコール、褒めると認識されていますが、実は全く異なります。
褒めるという言葉には誰かが決めた基準があり、その基準をクリアした、その基準に沿って行動したから褒められるというロジックがあります。
そのロジックで行くと、基準から離れたことと逆のことをすると褒められることはありません。
つまり、褒めるという行為は誰かが決めた評価基準に沿ったもので、その土台には良いか悪いか、白か黒か、正しいか間違っているかなどの判断を下すジャッジメントがあります。
話す人は、「自分はどんな風にジャッジされるのだろう」とドキドキしますよね。
褒める、叱るというのは、良し悪しの基準が前提になっています。
そんな風に判断されては安心感を持つどころか、逆に安心感が削がれてしまいます。
ジャッジする、されているという土台に立って、人と向き合おうとしたところで心理的安全性が生まれるわけがありません。
コミュニケーションのベースがジャッジメントになっていると、人格と行動が同一視されてしまいます。
つまり、「あの人はこういう基準に沿って行動が出来るから素晴らしい人だ」というジャッジの一方で、「あの人はこういうことに沿ったことが出来ないからダメな人だ」という人格とジャッジがセットになって、「行動が良くないとイコール人格までダメだ」と見なされてしまいます。
たった一つの基準と照らし合わせて、短絡的にジャッジされることは大変恐ろしいことです。
これは学校や職場など、あらゆるコミュニティにおいて言えることです。
もちろん、基準を作ってはいけないということではありません。
コミュニティを円滑に運営していくためのルールや決まり、評価基準はあって当然です。
ポイントはジャッジをするかしないかです。
求められるものはジャッジを共わない承認です。
承認とは、話や行動の良し悪しや、結果や評価軸によって左右されることなく、あなたはあなたとして人格が扱われることです。
帰属欲求という、私達の心理に存在する欲求は生きていい、存在していていいという人としての権限の第一の土台。
承認というのは、そこが満たされるような関わり方なんです。
家族や職場でここにいていい、ここの一員だという承認が得られることで、帰属の欲求が満たされます。
(『心の通った会話がチームを強くする 心理的安全性を生み出す伝え方』より引用)
承認欲求という言葉のイメージが強いからか、承認は褒めると同意義だと思われていた方も多いのではないでしょうか。
SNSを中心に浸透された言葉である承認欲求ですが、本書が定義している承認とは全く違うことが上記の説明でわかります。
承認欲求には「誰かから褒められたい、認められたい」という思いが強いのは、今のSNSを見れば理解出来ます。
承認欲求とは、外部から見ている人達がジャッジメントを下して、自分の価値を決めようとしている多数決の世界です。
多くの人達から褒められれば「自分には価値がある」と思うし、数が少なければ「自分には価値がない」と思ってしまうジャッジメントの評価数だけで全てが決まります。
その一方で、承認は違います。
あなたという存在は特筆した何かが無ければ認められないようなジャッジメントに関与されない、あなた自身という存在がここにいるだけでいいと、理由がなくても自然にそう思えて、自分の存在を受け入れられることが承認です。
先程、承認欲求で例に挙げたSNSの印象が強いからか、「理由がなくても自分という存在を受け入れる」と言われてもあまりピンとこないかもしれません。
ピンとこないのは「どこか人より優れていないと、自分の事を認めてはいけないんじゃないか」という思いがあって、その根底には「何も出来ていない自分を受け入れてしまっては、現状に甘えたままになってしまうのではないか」という恐れがあるからではないでしょうか。
大丈夫です。
自分の事を承認しても現状に甘えて何も変わらないままの自分で居続けることはありません。
本書でも、何も出来ていない自分を、人を承認しても問題ない理由を次の通り述べています。
ところで、「出来ない人を承認し続けたら、その人の成長に繋がらないのでは?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。
大切なのは、承認とジャッジの順番です。
あくまで安全であることを守るのが先で、その上で必要であればジャッジし、その人に足りない物や改善の余地があれば、それを伝えてあげないと永遠に改善されることはありませんし、成長に繋がりません。
例えば、「君は何か出来ても出来なくても素晴らしい存在です。」
「ただし、会社という組織においてはこの点をもう少し頑張ってくれないと、上司として評価することが出来ません。」
「でも、これは君の人格そのものについて評価しているのではなくて、現状の君に不足している物を事実として伝えています。」
あるいは、「あなたはそうなんだね。」
「そんなあなたも素晴らしいと思うよ。」
「でも、このコミュニティではこんな風に振る舞うことを心掛けるとあなたも心地よいだろうし、そうすることであなたに対する周囲の評価は上がっていくよ。」
という風に、どの様に伝えるかによって言われた方は人格を否定されているわけではないので、安心感を守ることが出来ます。
まずは承認してあげることがとても大切です。
伝えられた方も、「確かにこれが出来ていないのは事実ですね。自分でどうしたら改善出来るようになるか、出来るようになるか考えてみます」というふうに、受け止めやすくなります。
自分が承認されていると感じると、相手からの言葉が届くようになるのです。
逆に一方的に評価されると、安心感を持てず、心の扉が閉じてしまいます。
それによって「評価を上げていくことが、あなたの為になる」という大切なメッセージがその人の心に入っていかなくなるのです。
これまで自分が承認されたことが少なく、評価をされて育ってきた方が多いので、いざ実行に移すとなると難しさを感じるかもしれません。
大切なのは、意識を変えようとすることです。
評価するのではなく、承認するということを意識しましょう。
(『心の通った会話がチームを強くする 心理的安全性を生み出す伝え方』より引用)
承認が先で、その上でジャッジする必要があれば、言葉に注意して伝えるようにする。
そうすれば、仮に今「何も出来ない」と思っても、承認されることで「何かが出来る」自分に進めるようになります。
これもまたSNSの話になってしまうのですが、SNS上では相手をジャッジするのが人格そのものを非難したり、存在そのものを否定する言葉で溢れています。
そんな場面を目にすることが多いからか、ジャッジすると聞くと自分の存在を全て評価されているような悪い印象を抱きます。
ただジャッジとは本来、部分的に直して欲しいことを伝える為に必要なことであって、あなたの存在を否定する為のものではありません。
悩みを抱えていると信頼出来る誰かに話したくなります。
悩みを信頼出来る誰かに話したいと思うのは、誰かに自分の悩みに触れられるというのはそれだけ繊細で傷つきやすいことだからです。
信頼出来る誰かを見つけ、いざ悩みを話したら相手に「こうしたら?」と言われて、落ち込む人がいます。
悩みを話された側は良かれと思ってアドバイスしたのでしょうが、悩みを話した側は落ち込んでしまいました。
これは悩みを話した側が「自分の存在を否定された」と思っているからです。
深刻な悩みであればあるほど、いつもその悩みを考えるようになります。
すると、感情もどんどん浸食されて繊細になり、過敏に反応するようになります。
話し相手が善意で言葉を掛けてくれたことは頭ではわかっているのですが、感情が受け入れられずに相手の言葉を素直に受け取れない。
それは長い時間をかけて悩みを抱えていた自分が否定されたような気持ちになるからです。
ですが、悩みを話した相手は自分の事を承認してくれていて、問題を解決する為のきっかけとして言葉を掛けてくれたとちゃんと理解していれば、感情も落ち着き、相手の言葉を素直に受け取れるようになります。
心理的安全性はまず自分が正しく理解する必要があります。
自分が正しく理解していないのに、相手に安心感を求めても、それは底の空いたバケツに水を入れるようなものです。
相手が安心感を与えても、あなたが安心感を受け取れる器、感受性がなければ、安心感を感じることは出来ません。
あなたが心理的安全性を正しく理解して、相手から与えられた安心感を受け取れるように、そしてあなた自身も相手に安心感を与えられるように本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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