イライラする人としない人
イライラすることは日常生活に溢れています。
会社や学校で嫌いな人と話さないといけない場面やインターネット上で「こんなのはおかしい!」という不平不満の書き込みやそれに反応する人など、イライラしてしまう感情が湧き上がる場面には何度も遭遇するものです。
あなたの目に映っている未来は一本道ではありません『「イヤな気持ち」を消す技術』の記事では、「イヤな気持ち」に焦点を当てていましたが、そのイヤな気持ちが継続されて起こる反応がイライラです。
誰しも一度はそもそもイヤな場面に出くわさなければいいのではと考えますが、人と人との繋がりが必然である日常生活でそれを避けるのは、まず不可能であることはこれまでの人生で経験済みでしょう。
ですが、同じイヤな場面に出くわしても、そのことがイライラに結びつく人と結びつかない人がいます。
この差は何故起こるのでしょうか?
今回ご紹介する『イライラを手放す生き方 心の強い人になる条件』では、そんなイライラのメカニズムからイライラの手放し方までわかりやすく説明しています。
イライラのメカニズム
まず「イラッとすること」と「イライラすること」は違います。
「イラッとすること」というのは本来あるべき状態と違うことが起こり、違和感を感じた時の感情です。
本書では、これは人間として当然の現象であり、心身を守るために備わった防御本能であると述べられています。
なので、例えば並んでいるのに列を割り込みされたとか、何らかの公共のマナーを平然と破る人に出会ってしまった場合に「イラッとすること」自体は何も悪くはありません。
それは人としてむしろ当然の反応なので、罪悪感を持つ必要はないのです。
ですが、「イライラすること」になると話は違います。
イライラしているときは、自分の頭の中でその状況を何度も思い出したり、「なんで?」を繰り返し問い続けている状態です。
その悪影響は全ての人が経験済みであるので説明を割愛しますが、だからといってイラッとした後にイライラにならないようにしようと我慢するのはお止めください。
この感覚も経験済みではあると思いますが、イライラは我慢すると膨張する感情だからです。
ですから、イライラは手放してしまうことが良いのですが、その感情は「自分が損をしていること」を表しているので、イライラを手放してしまうとそれ以上に損を感じてしまうような気がするがゆえに手放すことにためらいがあるのではないでしょうか。
書店にはイライラの対処法に関連する書籍が数多くありますが、「イライラすることによる損」が「イライラを手放すことによる損」を上回る程度の小さなイライラには有効であっても、「イライラを手放すことによる損」が圧倒的に強いイライラの前にはどうしても歯が立たないということになってしまいます。
そのため、強いイライラを手放せるようになるためには、小手先の技術だけではなく「イライラを手放さないと損をする」という感覚そのものを手放す必要があります。
では、イライラを手放しても損をしないのだということに納得するにはどうすればいいのでしょうか。
「被害」と「被害者モード」を区別する
イライラしている人は「○○のせいで」と感じていることが多いものです。
この捉え方の最大の問題は、自分のコンディションが完全に相手に委ねられてしまっているところです。
「○○のせいで」と言っている人の見かけは攻撃的なのですが、その本質は攻撃というよりも無力さ。
自分のコンディションを自分で改善することもできず、相手が変わってくれるのをひたすら待ち続けている状態です。
この状態を本書では「被害者モード」と呼んでいます。
これは、現実の「被害」とは別物です。
「被害」というのは、実際に自分が被ったものであり、何をどれだけ失ったかという「自分」に関する話です。
これは十分にいたわられたり賠償されたりすべき性質のものです。
「自分が失った」というのは「被害」なのですが、「○○のせいで失った」ということになると、「被害者モード」に入っていきます。
「○○のせいで」という気持ちにとらわれるとイライラします。
この時点で話は「自分」ではなく「相手(○○)」になってしまっています。
「被害」は「自分」主語にした話であり、「被害者モード」は相手を主語にした話であることがわかります。
イライラから脱する第一歩は「被害」と「被害者モード」を区別することです。
「イライラを手放すことの損」として感じられるものは、「被害」と「被害者モード」を混同することから生じていると言えます。
「○○のせいで」と思っているため、イライラを手放してしまうと、「○○」が許されるような気になってしまうのです。
しかし、実際のところイライラを手放すのは「○○」とは関係のない話で、本来の主役である自分自身を快適にするだけの話です。
まずは自分の「被害」を認め、自分をいたわり立て直してから、「被害」を取り戻すことを考える、という手順を踏めば、イライラして「被害者モード」に陥っていくことなく、得られるものを得ながら前進することができます。
「イライラを手放した」体験談
ここまで本書から文章を一部引用して、イライラのメカニズムからどうすればイライラを手放せるのかという話をさせていただきました。
私自身、過去の辛かった経験を繰り返し思い出してはイライラしていて、「思い出してイライラするのはやめよう」と何度も何度も心の中で誓ったのに、すぐにまた頭から強制的に辛かった経験が自動的に思い起こされてまたイライラするのループにはまっており、とても苦しい思いをしてきました。
この状況を何とかしたいと思い、イライラに関する対処法を取り扱った本を今までたくさん読んできたのですが、本の中で共通して書かれているのが「自分がイライラしないために、相手を許しましょう」という内容でした。
文章の途中にも書かれていますが、「○○のせいで」というイライラしているときの考えと今までに何度も繰り返し思い出されたことでより強固になり、相手を許すと自分自身がとても損をした気持ちになってしまうので、どうしても私はこの相手を許すという捉え方を受け入れることが出来ませんでした。
しかし、本書に紹介されている「手放す」という捉え方が私を救ってくれました。
「許す」だと抵抗感が強く、受け入れがたいですが、「手放す」だと抵抗感があまりなく受け入れることが出来ました。
ですが、本書を参考にして「手放す」と決めてイライラを手放しても、数日ほど経つとそのイライラがまた自分のところに戻ってきてしまいました。
その時にイライラとはブーメランの様なもので、手放そうとしたイライラが自分にとって苦しい経験であればあるほど手放しても必ず自分のところに戻ってくる性質なのだと気が付きました。
実物のブーメランと決定的に違うところは、どんな投げ方(手放し方)をしても必ず自分のところに戻ってくるところです。
ブーメランは投げ方にコツがあって、ただ投げるだけでは自分の手元に戻ってきませんが、こちらのブーメランはどんな投げ方をしても必ず自分のところに戻ってきます。
そのため、戻ってきた際に受け止め方をちゃんと考えていないと、自分の体に当たってしまいまた自分自身のことを傷つけてしまう恐れがあります。
なので、手放した際には戻ってきたときの受け止め方も必ず考慮に入れる必要があります。
最初はどんな速度と角度から戻ってくるか全く予測出来ないので、上手に受け止められずに失敗してしまうことでしょう。
けれども、受け止められずにそのことでまたイライラしてしまっても、自分のことを責める必要はありません。
実際に経験してみて、そういうものだと理解することで確実にまた一歩進んでいるからです。
次はどんな投げ方をしたらより遠くに飛ばすことが出来て、長い時間手放すことが出来るのか。
そして、ブーメランが戻ってきたらどんな受け止め方をしたら自分の体に当たらずに手元で上手にキャッチが出来て、またすぐに手放せることが出来るのか。
その手放し方と受け止め方を理解して構築することで、あなたがイライラを上手に手放し続けて穏やかな日々を過ごせるようにこの本を読んでみてはいかがでしょうか。
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