水から学べるのは、形を変えても本質は失わない生き方
生きていると、自分の意志とは関係なく、今まで興味のなかった新しいことをしなければならない場面が何度もやってきます。
そんな時、「興味がなかったから」「経験したことがないから」と言い訳を並べて、尻込みしてしまうことはないでしょうか。
変わることが怖いのは、本当に自分が変われるのかどうか、自信が持てないからだと思います。
けれど、水が器に合わせて形を変えるように、私達にも、何かに形を変えられる素質がもともと備わっています。
変われないように感じるのは、その素質を、自分で築いた心の「防波堤」がせき止めているからかもしれません。
しかも水は、雲や雨や雪に姿を変えても、水であることを失いません。
たとえ形が変わっても、あなたという本質が失われるわけではないのです。
心理カウンセラーの植西聰さんの『「水」のように生きる』は、水の性質にたとえて、流れに逆らわずに生きるコツを伝えてくれる本です。
この記事では、古くから語り継がれてきた水の言葉と、高くしていた心の防波堤を少しずつ低くする方法をご紹介します。
人は昔から、水に生き方を重ねてきた
「水に関連する言葉を思い出してください」と言われたら、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
水は、昔から私達の暮らしに欠かせないものです。
そして水にまつわる言葉は、いつの時代にも、どの国にもあり、体だけでなく心の面でも私達を支えてきました。
その中でもよく知られているのが、古代中国の思想書『老子』にある「上善(じょうぜん)は水の如(ごと)し」です。
「上善」とは最上の善のことで、「最も善い生き方は、水のようなものだ」という意味です。
『老子』は、春秋時代の思想家とされる老子の教えをまとめた書物で、今の形にまとまったのは戦国時代(紀元前4〜3世紀頃)と考えられています。
2000年以上も前の言葉が、今も私達の手元に残っているのです。
『老子』は、この「水のような生き方」を、水のさまざまな性質を使って説いています。
水の一番の性質は「柔軟性」
水の性質の中でも、昔からよく取り上げられてきたのが「柔軟性」です。
日本のことわざにも、水の柔軟性を表すものがあります。
その代表が「水は方円の器に随(したが)う」です。
「方」は四角形、「円」は円形のことで、水は四角い器に入れば四角に、丸い器に入れば丸く、器の形に合わせて自ら形を変えます。
このことわざは、「人は付き合う相手や環境によって、良くも悪くもなる」ことのたとえとして使われます。
最近では、人気漫画『鬼滅の刃』で水の柔軟性に触れた方もいるのではないでしょうか。
主人公の竈門炭治郎の師匠である鱗滝左近次は、剣術の「水の呼吸」を教える中で、水がどんな形にもなれることを語っています。
どんな状況にも合わせられる水の柔軟性は、このことわざと重なります。
水五訓:どんなに姿を変えても、水としての本質は失わない
フィクションの世界だけではなく、実際に戦いのあった戦国時代にも、水の性質を人生の教訓とした人物がいたと伝えられています。
豊臣秀吉に軍師として仕えた武将、黒田如水(官兵衛)です。
如水の作として伝わる人生訓に、「水五訓(水五則とも言う)」があります。
ただし、本当に如水が作ったものかどうかは、はっきりしていません。
本書は、水五訓のうち水の性質を表した一つを、次のように紹介しています。
「水は、広い海となり、蒸発しては雲となり、雨や雪にも姿を変え、霧ともなり、水面はものを映す鏡にもなる。
しかし、どのように姿を変えても、水としての本質を失わない」というものがあります。
この言葉は、「どんなに状況が変わろうとも、大きな信念を変えないで生きていくことの大切さ」について述べられています。
(『「水」のように生きる』より引用)
形を変えることと、本質を守ることは、矛盾しません。
水は形を変えるからこそ、どこへでも流れていけるのだと思います。
水のように生きられないのは、心に「防波堤」を築いているから
それでも私達は、年齢を重ねるほど、新しいことに取り組む時に言い訳を並べがちです。
「今まで興味がなかった」「経験がない」という言い訳は、失敗した時の不安から自分を守るために、心の中に築いた防波堤です。
私自身、やらなければならないことを先延ばしにしてきた一人なので、この防波堤の高さはよくわかります。
子供の頃は、新しいものを見つけると目を輝かせて、夢中になって取り組んでいたことがありませんでしたか。
それなのに今では、新しい情報を入れることにさえ抵抗を感じてしまう。
それは、自分が傷つかないように、これまで築き上げてきた心の防波堤のせいです。
防波堤は、波から身を守ってくれます。
けれど高くしすぎると、自分という水も外へ流れていけなくなります。
さまざまな形に変われる力を持っているのに、自分でその変化を拒んでいるのは、とてももったいないことだと思いませんか。
防波堤は、一度に壊さなくてもいいのです。
まずは自分がどれくらい高い防波堤を築いているのかに気付き、一段ずつ低くしていけば、水はまた少しずつ流れ出します。
流れにまかせることは、自分を手放すことではない
禅の言葉に「行雲流水(こううんりゅうすい)」があります。
自然の流れに逆らうのではなく、空を行く雲や川を流れる水のように、物事にこだわらず流れにまかせて生きることを表す言葉です。
流れにまかせるというと、自分をなくして周りに流されることのように聞こえるかもしれません。
しかし水五訓の水は、どんなに姿を変えても水であることを失いませんでした。
流れにまかせても、あなたという本質はなくなりません。
望みが絶たれた道に固執せず、新しく開けた道へ進むことについては、「諦める」の本当の意味を紹介した記事でも書きました。
変われるか不安な時は、防波堤を一段だけ低くしてみる
新しいことを前にして尻込みしている時は、紙とペンを用意して、次の三つを書き出してみてください。
一つ目は、今、避けたいと思っている新しいことと、そのために並べている言い訳です。
書き出した言い訳の数が、今のあなたの防波堤の高さです。
二つ目は、その言い訳の中で、一つだけ取り下げられそうなものです。
「経験がない」なら、「経験がないから、最初は小さく試してみる」と言い換えるだけでも、防波堤は一段低くなります。
三つ目は、それを引き受けたとしても、自分の中で変わらずに残るもの、自分が大切にしていることです。
三つ目が書けたなら、その変化はあなたの「形」が変わるだけで、「本質」が失われるわけではありません。
反対に、本当に大切にしていることを手放さなければならない変化なら、それは無理に流されなくてもいい変化なのかもしれません。
性質を変える選択肢は、いつもあなたの中にあります。
そして、それを選ぶ権利を持っているのも、あなた自身です。
本書では、「流れにまかせて生きる」「柔軟に生きる」「謙虚に生きる」など、水の性質にたとえた生き方のコツが、9つの章に分けて紹介されています。
あなたが変わりたいのであれば、その変わりたい思いをあなたの心に浸透させるために、本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
こちらの記事は「心理的な抑圧を緩和する」に分類される記事です。
「心理的な抑圧を緩和する」に関して詳しく知りたい方は、まとめ記事一覧表(心理的な抑圧を緩和する)をご覧ください。


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