世間の人々が望んでいること
以前、メンタルには自分に合った概念で向き合いましょう『心の容量が増えるメンタルの取扱説明書』の記事で、メンタルには強弱の概念があることを冒頭で紹介しました。
メンタルが強い人は人生を生き生きと過ごすことが出来て、メンタルが弱い人はいつもくよくよとして落ち込んでしまっている。
メンタルに関する世間の認識として、そんな印象があるように見受けられます。
Googleの検索フォームに「メンタル」と入力してスペースを押すと、「メンタル 強くする」が検索フォームの検索予想の一番上に表示されていることからも、メンタルを強くすることはいいことで、メンタルを強くしたいと思っている人が多いことが伺えます。
ですが、メンタルが強いことは生きる上で本当に大切なのでしょうか。
以前の記事でも話題に挙げましたが、そもそもメンタルは目には見えません。
結局は、自分自身の心の持ちようです。
それでも、自らの心の弱さを自覚している人はたくさんいますが、はたしてそれは本当に悪いことなのでしょうか。
今回ご紹介する『栗山ノート』は人生を野球に捧げた著者が、ノートを使ってどの様に己の心の弱さと向き合い続けたのかを解説している本です。
いつも本サイトを訪れて記事を読んでいただき、ありがとうございます。
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著者の栗山英樹さんは2012年から2021年まで北海道日本ハムファイターズの監督を務めていました。
本書は北海道日本ハムファイターズの監督をしていた際に執筆された本です。
著者が野球とどの様にして出会い、ノートを書き始めたのかを本書の「はじめに」の章で以下の通り語られています。
もう何年になるのだろうか、ある習慣があります。
野球ノートをつけているのです。
私は小学校一年から野球を始めました。
三歳年上の兄が所属していて、父が監督を務めるチームの一員になりました。
小学校当時はその日の練習メニューを書き出したり、気になったプレイを図解したりしていました。
上手く出来たプレイ、ミスをしてしまったプレイを整理する意味合いを持たせていたのだろうと思います。
中学から高校、高校から大学と野球を続けていく中で、ノートと向き合う気持ちは変わっていきます。
自分のプレイを見つめる視点に、チームが勝つためにはどうすればいいのかという考えが盛り込まれていきました。
テスト生でヤクルトスワローズに入団してからも、チーム第一の気持ちは芯を持っていきます。
自分はドラフトで指名され、即戦力として期待されている選手ではない。
プロ野球という世界に存在するヒエラルキーの中で最も低い立場でした。
だからこそ、チームの勝利に貢献出来る自分になることを強く意識する必要がありました。
練習後や試合後にノートを開くことは習慣化されていましたが、時には書かない日もありました。
書けなかった、と言った方がいいかもしれません。
監督の狙い通りにプレイ出来なかった、チャンスで凡退してしまった、失点に繋がるミスをしてしまった。
押し寄せる悔しさを処理出来ず、自分のプレイを整理出来ず、ペンを持てない日がありました。
2012年に、北海道日本ハムファイターズの監督に就任してからは、シーズン前のキャンプから必ずノートを開くようにしています。
その日のスケジュールが全て終わった夜に、自室でペンを取ります。
日記をつけるような感覚です。
練習でも、試合でも、実に様々なことが起こります。
私自身が気付くこと、選手やスタッフに気付かされることが本当に多い。
つまりは、書くべきことが多い。
ところが、ノートを開いてもすぐには手は動かず、白いページをずっと見つめたり、部屋の天井を見上げたりすることがあります。
監督としての自分に言いようのない物足りなさを感じているのです。
チームを勝たせることが出来ていない、勝たせることが出来ていたとしても選手たちに必要以上に苦労をさせてしまっている。
反省点は数多くありますから、とにかく書き出していきます。
書き出すことで頭が整理されるものの、理想と現実のはざまで揺れる気持ちはなおも落ち着かず、気が付けば窓の外が明るんでくることもあります。
著者はその日の野球を振り返るために、幼少の頃からノートを書いていました。
自身の反省点を見つめ直して次に生かせるようにすることで、大人になった後もノートを取ることが習慣化されていました。
著者のノートには野球に関する反省点だけではなく、違う内容も書かれています。
その内容に関して次の通り述べています。
ファイターズの監督になってからは、リーダー論やビジネス書にヒントを求めることが多かった気がします。
経営者や起業家の言葉を引用したそれらの本を読んでいく内に、成功を収めたと言われる人達の共通点に気付きました。
古典にあたっているのです。
四書五経、論語、易経、韓非子と言ったものの教えが、時代を超えて模範的で普遍的な価値を持つことに気付きました。
テレビも携帯電話もインターネットもない何千年も前に書かれたものが、現代に生きる私達の指針となる。
これを驚きと言わずとして、何と表現したらいいでしょう。
論語に「君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む」というものがあります。
人の役に立つ様な行いをする人は成すべきことの責任は自分にあると考え、一方自分本位の考えを持つ人は責任を他人に押し付けるといった解釈が当てはまるでしょうか。
敗戦を選手に押し付けない、ミスを選手の責任にしない、監督就任から行動規範としてきたことですが、この論語の言葉を読み返した時に自分への疑問が湧き起こりました。
「お前は本当に選手を信じているのか。選手に勝利の喜びを味わってもらいたいのか。13年シーズンの自分は知らず知らずの内に責任を誰かに押し付けていたのではないだろうか」
気になった言葉はノートにもれなく書き出してきました。
書き出して、読み返して、また書き出して、また読み返す。
ファイターズの本拠地、札幌ドームの監督室で、遠征先のホテルで、時間を忘れてノートと向き合っている内に私が味わっている苦しみは本当に小さなものでしかなく、そもそも苦しみというのも憚れるようなものなのだという気持ちになっていきました。
先人の言葉が水や肥料となって、渇きがちだった心が潤っていったのです。
本書では古典の言葉を中心に、著者が古典の言葉をどの様にして野球に生かしていったのかを紹介しています。
著者は古典に限らず、「気になった言葉は何度でも書く」と本書で述べており、「血液に溶け込むくらいに、細胞に組み込まれるくらいに書いて書いていきます」と語っています。
なぜそこまでして著者はノートを書き続けるのでしょうか。
著者は自身がノートをここまで書き続けている理由を以下の通り説明しています。
それにしても、私はなぜノートを書くのか。
論語に「性は相近し、習えは相遠し」との教えがあります。
人の性質は、生まれた時にはあまり差がないけれど、その後の習慣や教育によって次第に差が大きくなるという意味です。
学びには終わりはなく、学び続けなければ成長はありません。
成長とは、自分が気持ちよく過ごすため、物欲や支配欲を満たすためなどではなく、自分の周りの人たちの笑顔を少しでも増やせるようにすることだと思うのです。
その日の試合や人とのふれあいから何を感じ、どんな行動を取ったのか。
それは私達の道しるべとなる先人達の言葉に沿うものなのか。
一日だけでなく、二日、三日、十日と反省を積み重ねることで自分を成長させていきたい。
私は弱い人間です。
子供の頃は次男坊のわがまま少年で、野球を始めたのは我慢を覚えさせるためだったと父に言われました。
大人になった今も、今日はこれが出来なかったから、明日はこうしようと心に留めておくだけでは実行に移せません。
忙しいとか時間がないといったことを言い訳にして、つい自分を甘やかしてしまう。
そうならないために、ノートに書いて、一日を振り返り、読み返して、また反省をするようにしています。
ノートに自分の思いを書く行為は、周りの人達とどの様に接したのかを客観視することになります。
私達人間は、一人では生きていけません。
普段の生活でも仕事でも、家族や友人、先輩や同僚、名前は知らないけれど隣に住んでいる人などと交わりながら生きていく。
一日を振り返ることは他者との関わり方に思いを馳せる時間であり、他人の良さを認めること、自分の至らなさに気付くことに繋がります。
人の話をわだかまりなく聞く。
虚心坦懐の心構えを再確認することにもなっています。
上記の通り、著者は自身の事を「私は弱い人間です」と語っています。
ですが、ここまで文章を読まれたあなたは著者のことを「弱い人間だ」と感じたでしょうか?
私は全く感じません。
むしろ、「なんて強い人なんだ」と思って読み進めていました。
前に紹介した記事で、ノートに自分の気持ちを書き出す際は全て絶対に正直に書いてください『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』という記事があるのですが、記事内で紹介している書籍の内容は、ラグビー選手である著者が気付いたことやチームを少しでもよくするアイデアをノートに書き出してみようと思い、ノートを書き始めて気付いたことと学んだことを一冊の本にまとめたものです。
こちらの記事にも書いてあるのですが、ラグビー選手は全員メンタルが強いと思われがちなのですが、そうではないことを著者は否定しています。
野球選手もラグビー選手も自らのことを「メンタルが、心が弱い」と語っています。
プロのアスリートですら、自らの心を「弱い」と評しているのに、一般人である私達が「心が強い」と言えるのでしょうか。
冒頭でもお話しした通り、自分自身がどう思うか、心の持ちようで強弱は決まります。
もしあなたが「心が弱い」と感じているなら、そう感じているのはあなただけではなく、人前で華々しい活躍をしているアスリートの方達ですらそう感じているのです。
それでも、「心が弱い」ことは良くないことなのでしょうか。
それに弱いからこそ出来ることがあると、著者は本書で次の古典の言葉を引用して説明しています。
「強くなりすぎれば必ず折れる」
中国の武系七書(ぶけいしちしょ)の一つ、六韜(りくとう)にある言葉です。
強さは脆さと背中合わせです。
例えば、ガラスはある一定の強度を持っていますが、それを超える力が加わると割れてしまう。
他方、スポンジやゴムは強度こそ低いものの、押しつぶされても形を取り戻す。
気持ちを張り詰めていてばかりいると、どこかで折れてしまうものです。
そして、折れた後の再生はとても難しい。
組織に当てはめて考えれば、過度の緊張状態が解けた後のリバウンドは激しい。
「強くなりすぎれば必ず折れる」という言葉は、折れる前に緩めておくべきだということかもしれません。
2019年シーズンの5月末、ファイターズは五連勝を記録しました。
引き分けを挟んで白星を二つ並べ、次の試合は0対5で敗れました。
9試合ぶりの敗戦です。
(中略)
8試合負けなしの間も、「このまま不敗で行くぞ」といったことは選手に言いませんでした。
気持ちの揺れ幅を少なくすることが安定した戦いに繋がるからです。
8試合負けなしは評価出来ますが、負けた試合の翌日に勝ったことがチームにとって大切なことでした。
不敗記録が途切れても、選手たちの緊張の糸は途切れなかったからです。
緊張状態が続いても自分は関係ない、力を発揮出来るというタイプもいるでしょう。
重圧をものともしないたくましさを評価しつつも、私は弱さに着目します。
弱いからこそ出来ることは実はたくさんあります。
弱いからこそ人に優しく出来る、人の傷みがわかる、強くなるための努力を怠らない。
強い者、硬い物は弱い者、柔らかい物を常に上回るか。
決してそんなことはないでしょう。
しなやかさが強さを、柔らかさが硬さを凌駕することもあります。
心の持ち方にしても強さは必ずしもオールマイティではないでしょう。
私自身の経験に照らしてみれば、心が強いと自覚している人が窮地に陥ると焦りの感情に囚われる気がします。
強いはずの自分が弱気になっていることをうまく消化しきれないのでしょう。
自分は強くないと思っている人は違います。
もともと強くないのだから、気持ちが揺れるのは当たり前だ、それが普通だといった割り切りが出来る。
自分の弱さを認めている人の方が、実はどっしりとした態度で事に当たることが出来る。
本当に心が強い人は、絶対に強くは見せません。
真の強さと強がりの境界線を引くことが出来る。
他でもない私自身、強い人間ではありません。
プロ野球選手として成功を収めたわけではありません。
自分に出来ないことがたくさんあると自覚しているので、選手の悩みに真正面からぶつかっていくことが出来ます。
(『栗山ノート』より引用)
再三になりますが、心の強弱を決めるのは自分自身です。
あなたが「心が強い」と思っていても、「心が弱い」と思っていても、どちらでも何も問題はありません。
大切なのは、それを受け入れた上であなたは何が出来るのかです。
「心が弱い」と自覚していても、何もしていなければ意味がありません。
それだと何か起こるたびに「自分は心が弱いからだ」と言い訳し続けてしまうだけです。
「心が弱い」からこそ、強くなるために、あるいはそれをカバーする為に努力が出来ます。
「心が強い」と思っている人は、「心が強いと自覚した上で自分が何かをしよう」いう考え方がそもそも理解が出来ないでしょう。
なぜなら、「自分は心が強い」でもう完結しているからです。
それは自分自身のことを受け入れてはいますが、何もしていない状態です。
自らのことを「心が弱い」と受け入れて、そこから自らの心を磨くために行動を起こしている人に比べれば、どちらが試合の重要な場面で精神的に落ち着いているかは明らかです。
心の在り方を受け入れた上で、そこから自分に出来る行動を起こすことが心の強弱の概念には大事な考え方なのだと本書を読んで悟りました。
ここまで記事を読んでみて、あなたが「心が弱い」と受け入れられたなら、次に取るべき行動として本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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