サンショウウオについて
サンショウウオをご存知でしょうか?
主に水質の綺麗な川辺に住んでおり、トカゲの様な形をした生き物です。
フォルム等が苦手な方もいるかもしれないので、ガーデニングで模した画像を掲載しましたが実物はこんなに華やかな色ではなく、大半は黒色か灰色で暗く地味な色をしています。
サンショウウオは体長約20cmくらいですが、オオサンショウウオになると体長が約70cmを越す個体も珍しくはありません。
そんなサンショウウオですが、実は仏教の禅を説明する際にサンショウウオを例に挙げて、禅とは何かを説明する住職の方がいます。
その住職の方が書かれた本が今回ご紹介する『サンショウウオの明るい禅』です。
いつも本サイトを訪れて記事を読んでいただき、ありがとうございます。
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著者の玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんは臨済宗妙心寺派福聚寺の副住職を務め、芥川賞作家でもあります。
本書は著者が雑誌や新聞等に掲載した短いエッセイをまとめたものです。
著者の経歴も印象的なのですが、それよりも気になるのは本書のタイトル。
なぜ、「サンショウウオ」なのでしょうか。
本書の冒頭でその理由を以下の通り説明しています。
以前、動物園でオオサンショウウオを間近で見たことがある。
彼か彼女か知らないが、そいつはただずっと「ヌボーッ」としていた。
私も何だか同じようにひたすら「ヌボーッ」と見ていた記憶がある。
水槽には人口の水の流れが作ってあった。
だから、大きくて黒々とした体の周りには、いろいろ動いている物体や魚があった。
しかし、オオサンショウウオの目は極めて小さく、見ているんだか見ていないんだかわからない。
そうした動きもあまり、というか一向に気にしていないようだった。
しかも、そいつがその時佇んでいた体勢が非常に不自然だった。
片足を岩の上に置いているのだが、片方の肩だけ上がっており、「あれじゃあ、落ち着かないだろう」と私は思った。
しかし、そいつはそんなことは一向に構わないようだった。
明るい水面と違って、そいつのいる水底は暗がりだった。
明るい方へ行こうというのでもないし、かといって別に暗がりにこだわっているのでもない。
ただ「ヌボーッ」としているのだが、その姿に私は何かほのかな明るさを感じ取ったのを覚えている。
その光景は何だか知らないが、いつしか私の中に住み着いてしまったようだ。
動物園で偶然出会ったサンショウウオが著者に深い印象を与えました。
「いつしか私の中に住み着いてしまったようだ」と書かれている通り、その後の著者の考え方にも大きな影響を与えることになります。
「ヌボーッ」としたサンショウウオに著者が何を見出したのか、次の通り解説しています。
禅には「八風吹けども動ぜず」という言葉があるが、そういうと少しかっこよすぎる気がする。
しかしともあれ、褒められても貶されても「ヌボーッ」と動じない何者かが私達の中に住み始める。
それが時々、オオサンショウウオの姿で現れるということだろうか。
いや、正直に言えばそんな風に出来ない時に、憧れのように現れるのかもしれない。
無論、そんなにしょっちゅう思い出すわけではない。
私だって忙しい。
テキパキとことを処理しなくてはならないことは多い。
そんな時、「ヌボーッ」ではどうしようもない。
どうしようもないのだが、しかしもしかするとあいつを思い出すのは、かえってそんな慌ただしい時だろうか。
あまり意味のないような情報に振り回され、「ああでもない、こうでもない」と価値判断自体が点々とするような時こそ、あの「ヌボーッ」が懐かしくなるのだろう。
「八風吹けども動ぜず」とは、どんなことにもびくともしない心境のことを言います。
人の心は嬉しかったり悲しかったりと感情によって、簡単に心が揺れ動いてしまいます。
もちろん、全ての心の揺れが悪いわけではありませんが、あまりに揺れ動いてしまうと自分自身が感情に振りまわされてしまっているようで疲れてしまいます。
そんな時に、何事にも動じないように見えるサンショウウオの生き様が心を安定させてくれる土台になっているのではないでしょうか。
著者も忙しい時にこそ、サンショウウオを思い出すと述べています。
忙しいと心に余裕がなくなってしまい、余裕のなさから心が揺れ動いてしまいます。
そんな時に心の安定を取り戻す為に著者が無意識の内に思い出そうとするのが、サンショウウオの姿ではないかと私は考えています。
そして日常生活で心を揺れ動かしているのは私達だってそうです。
忙しかったり、人間関係で悩んだり、今の仕事が本当に自分に合っているのかで悩んだりと私達も心を揺れ動かしながら日々を生きています。
ですが、出来ることならその揺れを小さくして安定させたいですよね。
本書で著者は「まずは重心の様に私を支え、ほのかな明るさをにじみ出している私のサンショウウオをご覧いただきたい」と述べています。
「私の心の中のサンショウウオが、そのままあなたのサンショウウオになるわけではないが、あなたの心の中に無愛想な一匹のサンショウウオが住み着くことをやまない」という思いから、本書ではサンショウウオの生態が各章のタイトルになり、そこに住職である著者の禅についての様々な考え方が紹介されています。
本書は『サンショウウオの明るい禅』というタイトルの通り、「サンショウウオ」だけではなくて「禅」も大切なテーマの一つです。
あなたは「禅」とは何かを説明出来るでしょうか?
あなたの頭の中に「うまくは説明できないけど、何となくはわかる」という答えが頭に浮かんだことかと思います。
なので、まずは「禅」とは何かを見ていきましょう。
本書の第三章の『サンショウウオの「どっしり」』から「禅という生き方」にて、「禅」について説明されています。
心のさざ波を静めるには
「禅」は今や英語でも「Zen」と言うが、元々はサンスクリットの「ディヤーナ」の音写、「禅那(ゼンナ)」に由来する。
「那(ナ)」が落ちたのである。
ディヤーナの意味は、心を静かに保つこと。
中国では、「情慮(じょうりょ)」とか「定(じょう)」と意訳された。
音写語である「禅」と意訳語である「定」とが結び付き、「禅定(ぜんじょう)」という言葉になるのだが、これが言わば、仏教全ての目指す状態であるだろう。
つまり、揺れ動く心が静まり、波のない水面のようになることである。
波はなぜ立つのか?
それは自己という長年かけて作りあげてきた捏造物が、世界をそのまま受け入れないからだ。
例えば、嫌だと思い、好きだと思う。
また尊いと思い、下品だと思う。
そうした価値判断が心にさざ波を生むのである。
また人は、自己を無意識の内に歴史的な存在として認識している。
歴史的と言うと大げさだが、つまりは経験的に世界はこんな風だと思っているから、どうしてもこれまでの延長線上に今を染め上げてしまう。
そして、そこに幸せな自分や不幸な自分という物語を作り出すのである。
あらゆる波は無常である。
だから、我々が価値判断や歴史認識によって作り出す波によって振り回されるのではなく、波の下に潜ろうとする。
つまり、そうした働きをする脳機能の埒外に行こうとする。
それを座禅という方法で追及するのが、狭義の禅と思って差し支えないだろう。
座禅も瞑想の一種だが、それは感じ味わうことは出来ても、考えることをしない時間である。
座禅中はともすると、いろんな風景や人物の有様が如実に浮かんできたりするわけだが、浮かんでくること自体は自然なことだ。
「白雲自去来(はくうんおのずからきょらいす)」と言われるように、そこに判断を交えさえしなければ、いずれは流れて消える。
我々を苦しめる波にはならないのだ。
(『サンショウウオの明るい禅』より引用)
「禅」とは何か、そして「座禅」とは何のために行っているのかが理解出来たと思います。
今、あなたの心の水面はどの様になっているでしょうか。
最初に浮かんできたイメージで十分です。
おそらく、大なり小なり波があったのではないでしょうか。
ですが、それが自然な状態です。
「禅」を追求していない私達の心の水面には、波があって当たり前なのです。
波のない水面はその道を追及された方達だけがたどり着ける境地です。
ですが、水面の波を小さくすることは私達にも出来ます。
それが判断を交えないことです。
現実の水面の波も放っておけば自然に弱まっていき、なくなります。
「白雲自去来(はくうんおのずからきょらいす)」という言葉では、雲に例えていますが現実の雲も時間の流れで自然に姿と形を変えて消えてしまうものです。
水面の波が大きくなってしまうのも、雲がいつまで経っても消えないのは、あなたが心の中で判断して大きくしてしまっているからです。
どんな人の心の中でも、水面にさざ波は生まれるし雲は作られる。
本来は自然に消えてなくなる存在であるのにも関わらず、消えてなくならないのはあなたが気にかけて大きくしてしまっているからです。
何にもしていないのに、頭の中でふとした瞬間に様々なことを思い浮かべてしまうことは自然なことです。
しかし、その思い浮かんできたこと、波を大きくしてしまっているのはあなた自身が原因です。
自然に浮かんできた波にあなたが価値判断や歴史認識を加えて反応してしまうから、大きくなってしまうのです。
もし今頭の中で過去に経験した嫌だったり辛かったりした記憶を何度も繰り返し思い出しているのであれば、あなたが反応して波を大きくしているからです。
波を大きくしないようにするためには、「波は自然に消えるものだ」と認識すること。
無意識の内に思い出してしまう波は、相手にしないことが一番効果的です。
水面の波も雲も本来は自然に消えてなくなります。
あなたが無意識の内に思い浮かんだ過去に経験した嫌だったり辛かったりした記憶も、「忘却」という形で本来は自然に流れて消えてなくなります。
それが消えてなくならないのは、あなたが波に対していちいち反応して大きくしてしまうから。
そこでまずは「波は自然に消えるものだ」と認識して、反応しないようにすることから始めてみましょう。
反応しないようにするには、水面の波が自然に小さく収まっていく姿を脳内でイメージすることに意識を向けることで、波の内容に意識が向かずにいちいち反応しにくくなります。
サンショウウオと禅、相反していそうで意外と共通している部分がある両者の理解を深め、あなたの心の中に一匹のサンショウウオが住み着くように本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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