自分探しの代表例
「インドに自分探しに行ってきました」
今ではあまり聞きませんが、コロナ前で今よりはずっと気軽に海外に行けるときに大学生が就職活動の面接の場でよく話す内容の一つでした。
その当時では「インドで自分探し」をテーマにしたドラマまであり、長澤まさみさんが主演の『ガンジス河でバタフライ』というドラマが話題になりました。
ドラマのあらすじは就職活動に悩んでいる大学生が、自己PRで「ガンジス川でバタフライをしました」という経歴を付けるためだけにインドに行くというお話です。
そんな時代背景もあり、大学生と言えばインドで自分探しをするか、もうひとつある場所で自分探しをするのが人気でした。
その場所が東南アジアです。
海外の中でも日本から比較的近いのと、住んでいる人達の文化と価値観の違いを肌で感じることが出来るのでこちらもとても人気でした。
自分探しに海外に行った方達が口を揃えて「海外に行くと人生観が変わる」という話をよく聞きますが、これは本当なのでしょうか。
そのことをずっと疑問に思っていたのですが、実際に東南アジアで生活して人生観が変わり、その変化を上手に表現されている一冊の書籍に出会いました。
その書籍のタイトルは『東南アジア式「まあいっか」で楽に生きる本』です。
いつも本サイトを訪れて記事を読んでいただき、ありがとうございます。
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著者の野本響子さんは本書が発売された当時、マレーシアに長期滞在して10年になりました。
著者がマレーシアに興味を持った理由は、「単純に子育て世代が楽しそうだったから」と本書で語っています。
「東京のきちっとした感じも好きでしたが、ここでは人々がリラックスしている」とマレーシアに住んでいる人々の印象を話されています。
マレーシアに限らず、海外では公共交通機関が指定した時間に来なかったり、仕事でも相手が遅れてくることは当たり前ですが、そんなところも著者は受け入れて生活しています。
しかし、著者がマレーシアに住み始めた当初は、現地の人から「アングリーバード(怒った鳥という意味)」というあだ名を付けられるくらい受け入れられずに怒っていました。
異文化の価値観の違いに最初は戸惑っていましたが、生活を続けていく内に現地の人の文化や価値観のことを理解すると徐々に怒ることもなくなっていったと語っています。
本書では日本とマレーシアの違いについて、人生観、ビジネス、教育、人間関係の主に4つの点から紹介されています。
様々な視点から日本とマレーシアの相違点を紹介されていますが、相違点を簡潔に説明すると本書の次の文章で言い表せます。
もちろん、完璧主義も悪いところばかりではないです。
良いところと悪いところは常に表裏一体。
海外から日本に来た観光客が、「日本のサービスは素晴らしい」と絶賛するのは日本ならではの完璧なサービスがあるからだと思います。
世界には完璧を目指す人ばかりではないので、「ここまでこだわるのか」と多くの外国人が感激するのも事実です。
中には、「こだわりすぎでサービスが悪い」という人もいるにはいますが。
特にサービス業では、完璧主義は歓迎されます。
完璧主義の配管工やメイドさんはどんなに喜ばれるでしょう。
完璧主義と相性の良いちゃんとした世界で生きていくのか、そんなにちゃんとしていなくてもいいという世界スタンダードに近い80%主義でいくのか。
私は80%で十分満足。
リラックスして、みんなハッピーというマレーシアスタイルが気に入っています。
日本とマレーシアの相違点はもちろんありますが、どちらが優れていて劣っていると優劣をつけるわけではない。
日本には日本の良いところがあるし、マレーシアにはマレーシアの良いところがある。
どちらが正しいという話ではなくて、どちらが自分にとって居心地が良いか。
「マレーシアは良くて、日本はダメだ」という話ではなくて、違う国で違う視点を得たからこそ俯瞰的に両国の特徴を見て、どちらが自分にとって心地が良いのかを著者は選んだまでです。
最近テレビやSNS上で日本と海外を様々な点で比較して、優劣を付けようとする風潮をよく目にします。
ですが、万人が納得出来るような生き方などこの世には存在しません。
不満があってもどこかで折り合いをつけながら、私達は生活しています。
折り合いがつけられないと、「自分は周囲と合わないから、もう生きていけないんだ」とそこまで悲観的になってしまう方もいますが、そう思うことはありません。
環境が変わればそこに住んでいる人達の考えも変わります。
日本国内でさえ県民性という言葉があるほど、他県に移動すると文化や価値観が違うのですから、あなたに合った環境は必ずあります。
その環境の違いがそこに住んでいる人々の考えも変わるのを感じて欲しくて、私は今回本書を紹介しました。
著者も本書を書いた経緯を「この本は「日本が何だか辛いな、苦しいな」と思っている方の為に書きました」、「本当は海外に一度出てみて、現地の人の考え方に触れることで「そういう思考もありなんだ」と身をもって経験するとよいのですが、「海外に行く時間もないし現地の人と話す機会もないよ」という人もいると思います。」と上記の通り説明されています。
本書の中で、私自身が「そういう思考もありなんだ」と特に感じたのが人間関係に関する章です。
例えば、「ダメ出し」と聞くと内容を向上させるのに必要な行為だと思いますよね?
ところが、マレーシアでは違うのです。
そもそも、マレーシアには「ダメ出し」を行う文化すらありません。
それはどういうことか以下の通り説明されています。
日本には叱られるのが当たり前な文化に加え、ダメなところを探す文化もあります。
長男を日本の公立小学校から、マレーシアのインターナショナルに入れたら、叱られてばかりだったのが、褒められるばかりになりました。
ダメなところを指摘するのではなく、良いところを見つけてくれる教育が長男には合ったのだと思います。
演出家、作家の鴻上尚史さんは著書ロンドン・デイズで、イギリスと日本の演劇文化の違いについて触れています。
英語では演出家が芝居が終わった後にする注意をノートと言う。
ノートだから良いところも悪いところも言う。
日本だとこれをダメ出しと言う。
ダメなところを言うのだ。
僕は実はこの言葉が大嫌いなのである。
ネガティブだけを語る世界観が大嫌いなのである。
日本人が精神的に強い民族なら、ネガティブなところだけをまず語るという世界観も通用するだろう。
散々悪いことを言われても、平気で明日も生きていけるというのなら問題はない。
しかし、僕にはどうもそうだとは思えない。
この文章を読んだとき、思い返してみれば私自身幼少期からダメなところを指摘されて育ってきたことを思い出しました。
両親、学校の先生、同級生など身近にいる人から褒められた記憶が私にはあまりありません。
他の方と同じように私もダメ出しをされて育ちました。
例え誰かが人を褒めるときに、「○○くんは出来ないのに、○○くんは出来てえらい」など比較して褒める大人が多かった記憶があります。
「この褒め方も結局はダメ出しの延長線上にあるな」と子供の頃から感じていたことです。
大人になっても仕事をすればダメ出しは必ずあるので、老若男女問わず私達はダメ出しの文化に慣れ過ぎているのかもしれません。
ですが、そんな文化に心が追いついていない人が多いのも事実です。
パワハラやコンプライアンスなどで近年では少しずつ見直されてきましたが、未だに根強い文化なのは確かです。
ダメ出しが当たり前になると、誰かや何かを褒める必要が生活上で無くなります。
日本に賞賛する文化があまりないのは、ここから来ているのではないかと私は考えています。
そして、人間関係に息苦しさを感じるのはダメ出しをする文化だけではありません。
それは著者の長男が日本とマレーシアの人間関係を比喩した、「ウニ的」と「風船的」な人間関係です。
「ウニ的」と「風船的」な人間関係
長男が小学生の頃、「マレーシアの子供たちの関係は風船の様だね」と言っていたことがあります。
近づきすぎず、接近してもすぐに離れる。
別のグループに飛んでいく子もいて、入れ替わりも多く、あまりくっつかないという意味です。
そして、日本の学校での人間関係を「箱にぎっしり詰められたウニみたい」と表現していました。
日本の子供たちはみんなちゃんとしていて、お行儀がよい。
しかし、狭い社会なので人と人との距離が近く、トゲがお互い刺さらないように気を使って生きている。
そのためお互いの行動にとても敏感になり、慎重に行動しなければならないという意味です。
これは子供褒める時にではなく、大人になってからも引き継がれていきます。
箱に詰め込まれていつもちゃんとしてなきゃいけない、といったウニ的人間関係だと、付き合ってみて合わないからやめるという離脱戦略が出来ない。
知らない人と簡単に付き合い始めることも出来ないため、フレンドリーに振る舞うのが難しくなります。
人間関係の形は人によって合う、合わないがあるので、日本からマレーシアに来た子供の中には風船的な人間関係をとても寂しく感じるケースもあります。
もちろんマレーシアでも、メンバーを固定しているウニ的なコミュニティもあります。
こういうところは、グループに入れて貰うまでに時間もコストも掛かっているため、合わないと思っても抜けることが大変です。
どちらかというと、私は風船的な人間関係が居心地よいです。
永遠の仲良しグループの様な人達と、友達になろうとするとどうしても慎重になってしまい、日本にいた頃は何度も痛い思いをしました。
気が合わない人といかに距離を置いたまま、揉めずに過ごすかという離脱戦略。
この戦略を親が子供の頃から、教えることの方が大切なのだと感じています。
(『東南アジア式「まあいっか」で楽に生きる本』より引用)
ウニ的な人間関係の窮屈さはあなたも感じたことがあるかと思います。
最近では、テレビやSNSによく出ているような若い人でも「人見知りです」と言うことが珍しくありません。
「人前に出ているのに、なぜ人見知りなんだろう」と疑問に思っていましたが、ウニ的な人間関係が背後にあるとわかれば納得がいきます。
学生は1クラスに30人前後の同じ年齢の男女が一緒に勉強しています。
勉強だけではなくて、人付き合いもそこでは行われています。
日本ではそこでうまく馴染めなかった場合の救済措置があまりありません。
マレーシアではその様な場合、転校したりして環境を変えることは珍しいことではなく、当たり前なんだそうです。
合わないと思ったらすぐに転校すれば、そこでまた新しいスタートが切れます。
しかし、日本では合わなかったからといって気軽に転校するという選択肢がありません。
そこで身動きが取れない以上、お互いが人間関係に慎重になるのは仕方のないことだと思います。
それに加えて、日本では「みんなと仲良くしなさい」という風潮もあります。
他人が無作為に決めた集団の中に入り、気軽にその場から移動することが出来ないにも関わらず、その場にいる人達がどんな人物かも知らずに仲良くしなければならない。
幼少期からこんなことを繰り返していては、「人見知りです」という若い人が増えるのも納得です。
それに「人見知りです」と予防線を最初に張ることで自分が傷つかないようにする意図もあると私は考えています。
「私と関わっても仲良くなれないのは、私が人見知りだからです」と最初に言っておけば、その人と距離を空けられます。
その一方で大人になっても、ウニ的な人間関係にこだわる人がいます。
最近では少なくなりましたが仕事終わりに飲みに行ったりするのは、学生時代に培ったウニ的な人間関係の名残なのではないでしょうか。
ウニ的な人間関係しか人間関係の構築の仕方がわからないのです。
しかし、風船的な人間関係でも人間関係の構築はちゃんと出来ます。
相手と近づきすぎず、相手が接近したら離れられるようにする。
日本の学校や職場では物理的に離れることは難しいですが、自分がそう思うことによって精神的に人と距離を取って離れられることは出来ます。
マレーシアでは合わないと思ったら学校でも職場でもすぐに離れられる環境だからこそ、風船的な人間関係が生まれたのでしょうが、この考え方は一部分だけでも日本に住む私達にも取り入れられます。
今までウニ的な人間関係しか人間関係の構築を知らなくて息苦しい思いをされてきた方も、風船的な人間関係の構築を知ることで「そういう思考もありなんだ」と思うことが出来て少しでも心が軽くなっていれば幸いです。
自分の中に選択肢が「これしかない」と思うと追い詰めてしまい息苦しさを感じてしまいますが、他の選択肢を知ることで「他にも方法があるんだ」と思えるようになるとその息苦しさはだいぶ薄れていきます。
もし今あなたが息苦しさを感じているのであれば、あなたの中に新しい選択肢を増やすために本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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