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人間関係で悩みたくないなら、他人のゴミを拾うのをやめましょう『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』

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他人のゴミを拾うのをやめると、人間関係の悩みは軽くなる

頼まれると断れない。

同僚の仕事を引き受けて、自分の仕事が終わらない。

家族が片付けないものを、文句を言いながら結局自分で片付けている。

気付けば人の分まで抱えて、心も体もくたびれているのに、「私がやらなければ誰がやるの」と思ってしまう。

もしあなたに心当たりがあるなら、先に答えをお伝えします。

あなたが人間関係で悩んでいるのは、自分と他人の間に境界線を引けず、相手の領域にある「ゴミ」まで拾ってしまっているからです。

この記事では、丸屋真也さんの『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』を手がかりに、他人のゴミを拾ってしまう人の性格と、その理由、そして自分と他人の間に境界線を引く方法を、順番にお話しします。

いつも本サイトを訪れて記事を読んでいただき、ありがとうございます。

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「他人は変えられないけど、自分は変えられる」の、その先

「他人は変えられないけど、自分は変えられる」

人間関係で悩んでいる時に、どこかで聞いたことがある言葉だと思います。

人間関係で悩んでいる時というのは、とにかく他人のせいにしてしまいがちです。

「あの人のせいで」とか「あいつさえいなければ」など、物事がうまくいかない理由を相手に責任転嫁した方が楽ですし、そうすれば自分が傷つかずに済みます。

極端なことを言ってしまえば、その環境から離れられればだいたいの人間関係の悩みは解決します。

でも、それが安易に出来ないから思い悩んでいるんですよね。

他人を変えようとしても、結局相手は何も変わらずに徒労で終わってしまうのだから、自分を変える方がまだ状況が良くなる可能性はある。

他人に向きがちな意識を自分自身に向けられる、いい言葉だと私は思います。

では、自分自身に意識を向けた後、具体的にどうすれば自分を変えられるのでしょうか。

その答えを教えてくれるのが、本書です。

人間関係の悩みの根っこにあるのは「自立」の問題

著者の丸屋真也さんは、臨床心理学博士としてカウンセリングを行い、平均すると一日に6人から7人のクライアントに会ってきた人です。

気持ちが晴れない、友人関係が長続きしない、職場で孤立してしまう、夫婦の気持ちがすれ違う。

相談の内容はさまざまでも、その根底には共通して人間関係のトラブルがあると著者は書いています。

では、なぜ私達はそこまで人間関係について悩んでしまうのでしょうか。

一言で言うと、自立に関わる問題です。

自立出来ていなかったり、自立の意味を取り違えていたりするために、人付き合いによるトラブルが絶えません。

(『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』より引用)

本書は、この自立の本当の意味を探りながら、人と上手に付き合うための「バウンダリー(境界線)」という考え方を紹介しています。

その法則の一つが、冒頭の「他人は変えられない、変えられるのは自分だけ」です。

他人を変えようと頑張れば頑張るほど、人間関係の糸は複雑にもつれていく、と著者は言います。

他人のゴミを拾ってしまう人の性格:万能感症候群

自立できずに人間関係で悩む人には、ある共通点があると著者は気付きました。

それは他人から頼まれたことにノーが言えず、「自分がやらなければどうなってしまうかわからない、私がしなければ誰がするの」という言い方をして、周りで起きた問題を全て自分で抱え、背負い込んでいるということです。

(『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』より引用)

心も体もくたびれ果てているのに、口から出るのは「私がやらなければ」という言葉。

著者は、この人達の心の奥にあるものを「万能感症候群」と呼んでいます。

万能感とは、あたかも自分が何でも出来るような錯覚のことです。

ただし著者は、この人達が自信満々だというわけではない、とも書いています。

本書によると、万能感症候群には次の4つのタイプがあります。

  • ノーが言えない人(相手に対して全てイエスと答えてしまう)
  • ノーが聞けない人(人の忠告や都合を聞かない)
  • イエスが言えない人(他人に無関心で手を差し伸べない)
  • イエスが聞けない人(人に助けを求めることが出来ない)

特に「ノーが言えない人」は、日本人に最も多いタイプだと著者は述べています。

そして、どのタイプも人間関係の中で悩みを抱える原因になるので、万能感症候群は「人間関係病」と言ってもいいとしています。

他人のゴミを拾ってしまう人の性格は、一見すると「優しい」「責任感が強い」と見えます。

けれどもその奥には、「自分が何とかしなければ」という万能感が隠れていることがあるのです。

万能感は、誰もが赤ちゃんの頃に持っていたもの

そもそも、万能感はどこから生まれるのでしょうか。

本書によると、生まれて間もない赤ちゃんは万能感に満たされています。

お腹が空いて泣けば、親が母乳やミルクをくれる。

赤ちゃんにとっては、「お腹が空いた」と感じるだけでお腹がいっぱいになる体験です。

著者はこれを、大人なら「お金が必要だ」と思った時に、空からお金が降ってくるような体験だとたとえています。

やがて自我が芽生えて現実に直面するうちに、子どもは自分が限界のある存在だと知り、人は互いに適切に頼り合うことが必要だと覚えていきます。

ところが、その時期に過保護や過干渉が続くと、自分の限界を学ぶ機会がないまま、大人になっても万能感を持ち続けることがある、と著者は書いています。

これは、親を責めるための話ではありません。

万能感は誰もが最初に持っていた感覚で、それを手放しきれずに大人になった人が少なくない、ということです。

では、どうすれば万能感を手放せるのでしょうか。

その答えが、本当の意味で自立することです。

本当の自立とは、限界を超えたところで助けを借りること

「自立」と聞くと、親から経済的に独立して、一人できちんと生活している姿を思い浮かべるかもしれません。

本書では、本当の自立を次のように定義しています。

「自立とは、他人に頼らないで何でも自分でやること」と誤解する人がいます。

しかし本当の自立とは、自分の出来ることは自分でやり、自分の限界を超えたところは他人の助けを借りる。

つまり、適切に関わる相互関係なのです。

(『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』より引用)

当たり前のように感じますが、自分が出来るところと出来ないところの明確な基準を、あなたは説明出来るでしょうか。

説明が出来ないということは、その線引きがあやふやだということです。

説明する言葉が思い浮かばないのは、他人の助けを借りることにためらう気持ちがあるからかもしれません。

私自身、カウンセリングを予約しようとするたびに不安でいっぱいになり、「また今度にしよう」と何度も先延ばしにして、初めて予約したのは数か月後のことでした。

その時のことは、カウンセリングについての記事に書いています。

自分の限界を超えたところで助けを借りるのは、思っている以上に勇気がいることです。

しかし、「ここからは他人の助けを借りる」と自分の中で決めることは、万能感を手放すことにつながります。

人間関係でこれ以上悩まないために、とても大切なことです。

この「ここまでは自分、ここからは他人」という線引きが、バウンダリーです。

境界線(バウンダリー)とは、どこまでが自分の責任かを決める線

本書では、バウンダリーを次のように説明しています。

バウンダリーとは、自分の責任領域を示す境界線の事です。

つまり簡単に言うと、どこまでが自分の責任で、どこからが他人の責任なのか。

境界線を引いて、その範囲をはっきりさせるということです。

(『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』より引用)

著者によると、バウンダリーは、アダルトチルドレンや共依存の考え方と同じ線上にあります(アダルトチルドレンについてはこちらの記事でご紹介しています)。

本書には、読み終えた新聞を片付けない夫と、それをいつも片付けてしまう妻の例が出てきます。

新聞を片付ける責任は夫にあり、妻にはありません。

本当に夫に片付けて欲しいなら、妻は散らかっていく新聞を前にしても手を出さず、文句も言わずに、夫が自分でやるようになるまでそのままにしておく。

妻が片付け続けることは、夫の自立を妨げることにもなる、と著者は書いています。

「ここからここまでは自分の責任」「ここからここまでは相手の責任」と線引きすることは、悪いことではありません。

むしろ、線引きをすることで人間関係は良好になります。

隣の家のゴミを拾うのは、優しさではなくお節介

本のタイトルにもなっている「他人のゴミを拾う」とは、どういうことなのでしょうか。

当たり前ですが、私達には隣の家の庭に落ちているゴミを拾う責任はありません。

わざわざ塀を乗り越えて拾いに行っても、お節介に思われるのがオチです。

ところが人付き合いの中では、隣の家のゴミを拾っている人が案外多い、と著者は言います。

夫が読んだ新聞をいつも妻が片付ける、同僚の残業をいつも引き受ける、といったことです。

隣人はゴミを拾ってもらうのを待つようになり、自分で拾うことを止めてしまいます。

つまり他人のバウンダリーを侵すことは、他人の自立を妨げることに繋がってしまうのです。

(『なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?』より引用)

自分の境界線を引くというと、わがままだと思われるのではないか、自己中心的なのではないかと考えてしまいがちです。

けれども著者は、それは全く逆だと言います。

自分の領域がわかればわかるほど、他人との境界線がはっきりして、人付き合いが円滑になるのです。

「よかれ」と思って、相手の為に何かを行動することは素晴らしいことだと思います。

ですが、それはもしかしたら相手の自立を妨げている行為かもしれません。

相手が出来ることは、相手が行うべきなのです。

相手が出来ることまで干渉するのは優しさではなくて、ただのお節介になります。

相手の自立を妨げない為に、あえて手を貸さずに見守るようにする。

これも相手に対する優しさだと私は考えています。

今日できる一歩:抱えているゴミを一つ仕分ける

人間関係に悩んでいるなら、今日、一つだけ試してみてください。

今あなたの頭や手を占めていることを、一つ書き出します。

そしてそれが、「自分の責任」なのか「相手の責任」なのかを分けてみるのです。

もし相手の責任だったなら、それは隣の家の庭に落ちているゴミです。

次に同じ場面が来た時、一度だけ、拾わずに見守ってみてください。

反対に、自分の限界を超えていることなら、それは誰かの助けを借りていいことです。

こうして一つずつ仕分けていくことが、自分と他人の間に境界線を引く最初の一歩になります。

本書では、家庭から職場まで、場面ごとに多くの事例を挙げて、バウンダリーの引き方を詳しく紹介しています。

あなたが自分と他人との境界線を明確に引けるように、本書をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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こちらの記事は「心理的な抑圧を緩和する」に分類される記事です。

「心理的な抑圧を緩和する」に関して詳しく知りたい方は、まとめ記事一覧表(心理的な抑圧を緩和する)をご覧ください。

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